うつ病患者の職場復帰の際に、なぜ「時短勤務と残業禁止」を指示するのか 松本卓也
雑誌『KOKKO』(こっこう)38号へ、ラカン研究者の松本卓也さんにコラム「うつ病患者の職場復帰の際に、なぜ「時短勤務と残業禁止」を指示するのか」を寄せて頂きました。これはうつ病に対しての記事ですが、最近は自宅勤務されておられる方も多くおられ、そうした方たちへの「働きすぎない」ための忠告としても読めるのではないでしょうか。
松本さんからのメッセージ、ぜひご覧ください。(『KOKKO』編集部)
うつ病患者の職場復帰に際して、精神科医から「時短勤務と残業禁
止」が指示されることが多くあります。しかし、この指示は「病み上
がりの状態から徐々に仕事に慣らすため」のものではありません。
残業をしないということは、「仕事のケリを自分でつけずに」帰るこ
とを意味します。だとすれば、「時短勤務と残業禁止」の指示によって、
うつ病を引き起こしやすい自己責任の果てしないループから当人を逃
れさせることができます。
残業は、「自分で仕事のケリをつけないといけない」という意識とセ
ットです。この意識は、いっけん責任感のある「力強い」ものに見え
ますが、実は「未完成であることに耐える能力」が弱いということで
もあります。だとすれば、残業をしないことによって獲得できるのは、
より度量の広い「新たなゆとりをもった生き方」にほかなりません。
また、この指示は、周囲が当人を支えるようになるという嬉しい副
産物を引き起こす可能性をもっています。このようにして、非協力が
蔓延した「職場を治療する」ことができるようになるのです。気づか
いをしあう、助けあう(助けることによって助けられる)、という「ケ
ア」が職場に発生するようになるからです。
同じ「時短勤務と残業禁止」を指示する診断書でも、「徐々に仕事に
慣らす」つもりで書くのと、「未完成であることに耐える能力」を身に
つけさせ、さらには「職場を治療する」つもりで書くのとでは効果が
全然違ってきます。診察のときに当人にかける言葉からして変わって
くるのです。当然、復職中の同僚にかける言葉も変わってくることで
しょう。ちょっとした視点の転換かもしれませんが、こんなところに
も労働環境を少しでも良くするためのヒントがあるように思います。
松本卓也(まつもと・たくや)
京都大学准教授、精神科医。ラカンを中心に精神病理学等を研究。近刊に『心の病気ってなんだろう?』(平凡社、2019年)、『創造と狂気の歴史 プラトンからドゥルーズまで』(講談社、2019年)など。