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不幸なシティプロモーションと幸なシティプロモーションの違いはどこだ?—雪かきをしながら考えたこと Vol.32
先日こんなツイートをした。
雪かきをしていたら、向かいのお家の方が気にかけてくれて、やり方を教えていただいた
— 真船創太@北海道美唄市地域おこし協力隊 / FoundingBase|建築から新卒でまちづくりへ (@mafune_bibai) December 11, 2022
慣れていないからなのか、平均すると毎日1時間弱は雪かきに取られている気がする。だけど「 #美唄 で生きる」ということをほんとうの意味で理解するには、厳しさも含め自分で体験することが大切だと思っている。
美唄に来てはじめての冬、そして雪。積雪量がヤバい地域だとは聞いていたが、雪が降り始めてたった2週間。12月も早々に洗礼を受けている。夏に庭でBBQをやりたすぎて一軒家を借りたが、雪かきの少ないアパートにすれば良かったと後悔して、、、
いや、後悔するにはまだ早すぎないか?
美唄の方はこれまでもこの雪と暮らしてきたし、そしてこれからもこの雪と暮らしていくのだ。ペンギン歩きなのかも知れないし、ある種諦めのような覚悟かもしれないけれど、雪と共存するための知恵があるはず。「美唄で生きる」ということはどういうことなのか。いっそ逃れられないのならば、この大変さも楽しいに変えてやろう。
美唄の雪ヤバいよと脅される → どんなもんじゃい → 雪かききつすぎる → どうしよう → 楽しんでやろう(今ここ!) → ??
これからどうなるかは自分でも楽しみ。そんなことを考えながら、雪かきをしていたら2時間経っていて、最後は半袖になっていた。そこから芋づるのように考えたこと綴ってみたので、お気軽にお付き合いください。
2022年5月より北海道美唄市の地域おこし協力隊として、シティプロモーションを担当している真船創太(まふねそうた)です。シビックプライドの醸成や関係人口の増加を目指し、美唄の若者11人と「美唄の未来に夢を描く委員会」を立ち上げました。プロジェクトを進めていく中での等身大の苦悩や、地域での暮らしのリアルを飾らずに発信しているので、美唄に関心を持つきっかけや地域での活動のヒントになればすごく嬉しいです。みんなで一緒により良い社会を創りたいと切に思っています。
不幸なシティプロモーションはあるのか?
僕が担当しているシティプロモーションを一言でいうと、「まちの魅力を市外に発信することで、市外の人に〇〇してもらう(知ってもらう or 興味を持ってもらう or 来てもらう)」ということ。ただ言うは易しで、安直なプロモーションはかえって、地域の価値を下げることになりかねません。
幸なシティプロモーションへのステップ①
それを避けるためにも、まずはまちの魅力を深い(自分の言葉で語れる)レベルで理解したい。これだけ情報があふれる現代で、表面的な情報発信は目にすら留まらない。
ということではじめに、地域の軸である魅力を押さえる必要がある。
ステップ① まちの魅力を文脈を含め理解する
幸なシティプロモーションへのステップ②
しかし、まちの良いところを切り取るだけでは、自己満足なプロモーションで終わってしまう。良いところと悪いところは表裏一体である。
「あっ、良いところしか見ていないな」というのは、直観が鋭い人だったら気づくはず。たとえ薄く押付けがましい”トラップ”にたまたま引っかかったとしても、途中で中身が伴っていないことに気づいて離れていってしまうだろう。最悪の場合、以前よりも距離と取ることになるかもしれない。それはお互いにとって決して望ましい状態ではない。
ステップ② 不便さも含めまちで暮らすということを経験する
良いところだけであれば外からでも見つけやすいが、悪いところは中に深く入ってみないとみえづらいもの。これからのシティプロモーションにおいて、観光地のような他人軸の評価に加え、暮らしの豊かさのような絶対的な価値が、一層重要になってくるのではないかと思う。
幸なシティプロモーションへのステップ③
ステップ③ 届けたい人に本物の情報を伝える
まちの本質に興味を持ってくれる or 共感してくれる人が長期的に関わってくれることが、まちにとってもその人にとっても幸な状態と言えるのではないか。そういうまちこそが選ばれるまちとして永く残っていく。
本物の価値を理解するためには、自分自身で体験するのが一番。外からいきなり来て知った気になっていても、それは本当の意味での豊かさとは少し違うように思う。まずは「美唄で生きる」とはどういういことかを、厳しさも含め経験する。
生き様こそが最高のプロモーション
そこに暮らす人が豊かであるということ自体が、十二分にシティのプロモーションになりうる。
住民全員が豊かに暮らしているまちが仮にあるとしたら、間違いなく良いシティプロモーションだろう。そんなまちがあったなら、経済的に豊かでなくても、具体的なランドマークがなくても、今すぐにでも訪れたい。(シティではないが、「幸せの国」ブータン的なイメージ?)そこまでいってしまえば、プロモートする必要などないのかもしれないけど。
ここで突然ですが、「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」が広告賞であった「ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS」を受賞した話を聴いて、メモしたことを持ってくる。コテンラジオは、歴史弱者だった(今も強者では決してないですが、学ぶ意義を感じているくらいには変化した)僕が、運転中にいつも聴いているラジオです。超オススメ。
【コテンラジオがクリエイティブアワードを受賞して考えた備忘録】
イベントの帰りにコテンラジオを聴いていて、国内最大のクリエイティブアワードACCでグランプリを受賞されたという話から—(中略)—改めて、シンボル(共通の将来像)を作っている今のフェーズから共感で人(特に市内)を巻き込んでいけないかと考えています。例えばプロモーション自体が魅力を体感できるものだったり、市内外から人を募集してプロジェクトを一緒に作ったり。
行政や民間が発するいくらきれいな情報よりも、市民の口コミや言動が最強のプロモーションであるし、その状態はおそらくシビックプライドも高いはずです。つい誰かに話したくなったり、人を呼びたくなるようなまちにしていくには、その前についそうしたくなる体験が必要だと思っています。(つい話したくなる体験って?人を誘いたい体験って?何)その一つは小さくでもプロジェクトに参画して、隣の人にでも自分の言葉で語る機会があることだと思います。
(実際はラジオの内容とはかけ離れている気がするけど、)つい語りたくなっちゃうような記憶に残る体験、巻き込みたいくらい楽しすぎる体験を作っていくことが大切なんだと気づいた。
まちの魅力を体現できる存在に
どれだけまちの魅力を流暢に語られても、その人自身がその魅力を感じていなかったり豊かでなかったら、説得力はない。
この土地ならではの豊かな暮らしを体現し、自分の語ることや生き様そのものがプロモーションとなるような、いわばまちの広告塔みたいな存在になれたらと思います。
雪かきをしているのではなく、まちの未来を創っているんだ
頭の中は楽しそうになってきたが、目の前の雪を移動させる作業はかわらず面白くなっていない。
「石を運ぶ人」の寓話がある。こんな感じの話だったかと思います。(違ったらすいません)
ピラミッドを作っている人に、旅人が「何をしているのか?」と尋ねると
Aさんは、「石を運んでいるんだ」と答えました。
Bさんは、「ピラミッドを造っているんだ」と答えました。
Cさんは、「1,000年残る歴史を創っているんだ」と答えました。
「雪を運ぶ人」として、同じ問を自分なりに考えてみた。
雪かきをしているのは間違いないんだけど、ただ雪を運んでいるのか、何かにつながっていると信じられるか。「遊ぶためのどでかいかまくらを作っているんだ」と答えたいし、「美唄の未来を作っているんだ」と答えたい。(流石に無理があるかな笑)
今回も最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
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Twitterでは、どでかいかまくら作りの進捗もレポートしています。
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