女子400mHから見る、選手育成の方向性。
今回の記事はあえて散文。
目次はありません。
それはつまり、ホンマに思うように書いているということです。
思うようにご一読ください。
女子400メートルハードル(以下、400mH)という種目が、世界の陸上ファンからとても注目を浴びています。
それは世界記録保持者のアメリカのシドニー・マクラフリン選手と、歴代2位の記録を持つオランダのフェムケ・ボル選手が、それぞれ50秒37、50秒95というとんでもないタイムを、オリンピックイヤーであった今年2024年に記録したからです(ホンマにハードルが置いてあったんかいな……と疑いたくなる記録ですが、ちゃんと10台のハードルがトラックに並べられていました)。
パリオリンピックの決勝では、マクラフリン選手が世界記録保持者の貫録を見せつけて優勝したわけですが、史上最高レベルでの勝負が見られるということが、彼女たちの容姿も相まって陸上ファンからは相当注目されたというわけです。
また、400mのフラットレースでは、マクラフリン選手のベスト記録は48秒74、ボル選手は49秒44とこれまた世界一級品。それぞれ4×400mR(マイルリレー)のナショナルチームではアンカーも務める実力者です(いいですか?女子選手の記録ですからね?笑)。
来年の東京世界陸上でどの様な活躍をするのかが楽しみですね。
誰だってこの2人の選手を引き合いに出されるのは酷と感じられるかもしれませんが、選手育成の方向性を考えていく際には、大いに参考にすることが大切です。
と言いますのも、日本の女子400mHは長年日本記録の更新は2011年で止まっていますし、世界レベルで闘える選手の育成がなされていないのが実情です。
男子に関しては大学生の活躍もあって、パリオリンピックには3名の出場可能枠を全て使い切ることが出来ていますし、18年ぶりに47秒台を記録した選手も現れました。
しかし、これは400mHに限ったことではありませんが、短距離系の種目について女子選手の育成には何か大きな問題があるのだと思います。
それは強化費の問題なのか、そもそも連盟が選手を育成する気がないのか、それは分かりません。
ただ、選手はきっともっと速くなりたいと思っているはずですから、指導者はその思いに応えるべく指導計画を立てる必要があるのではないかと考えています。
改めて世界のトップと日本のトップを比較してみると、本年の女子400mHは世界レベルでは50秒台という領域に突入しているのに対し、日本では56秒台に留まっています。
その差は概ね5秒から6秒ということになります。
これは世界のトップが速すぎるということは言えますが、パリオリンピックの参加標準記録が54秒85ということを鑑みると、やはり育成計画に問題があるように感じます。
私は指導者を生業とするものですから、選手についてどうこう言うつもりはありません。
問題は指導者、指導計画にあると考えるものです。
スポーツにしても政治にしても、だいたいの問題は指導者の問題です(だからと言って選手が何もかもを指導者のせいにするのはちょっと違う)。
この問題を解決するために私が提言したいことについて、結論めいたことから先に申し上げると、我が国の女子400mHの選手こそスプリントの練習をもっとすべきです。
何故なら、ハードルを10台越える能力があるにもかかわらずタイムが遅いということは、単純に走るのが遅いからです。
400mHは短距離種目ですから、求められるのはスピードです。
ハードルの技術は必要ですが、女子の場合ハードルの高さは76.2cmなのでそれほど高いものではありません。
圧倒的に不足しているのはスピード。
だからスプリントのトレーニングが必須です。
男子の400mHにおいては日本記録保持者(世界のメダリスト!)は中学時代の100mと200mのチャンピオンで、今年の日本選手権覇者は110mHでも日本トップクラスの実力者です。
そう、走るのが速いのです。
これはロングスプリント系の女子選手全般に言えることですが、スピード練習とかスプリントトレーニングと呼ばれるものをやらなさすぎです(つまり指導者がやらせなさすぎということ)。
確かに100mや200mに比べると持久力は必要ですが、大切なのはスピード持久力です。
このあたりは指南書に詳しく述べていますので、改めてご確認ください。
以前、某名門大学出身の女子400mHの選手から相談を受けたことがあります。
その選手は、その某名門大学のグラウンドを拝借して練習を続けているとのことでした。
どうやったら記録が伸びるか?という相談だったわけですが、彼女は私からのとある質問に答えることが出来ませんでした。
その質問とは「100mはどれぐらいで走れるのですか?200mは?400mのフラットはどれぐらいですか?コントロールテストで30mや60mのタイムはとっていますか?」というもの(こんな矢継ぎ早に質問したわけではない)。
彼女のこたえは「ここ何年も測っていないです……」。
陸上競技は記録のスポーツですから、何がどれぐらいの記録なのかというパラメータによって、競技記録を推察することが出来ます。
そのパラメータがない状態で練習をしているというのは、残念ながら論外です。
何度も言いますが、これは某名門校の先生が教えていないのですから、悪いのはその先生です。
指導者は選手に理解させるのが仕事です。
理解させようと努力していないなら、職務怠慢。
記録を伸ばすきっかけを与えていないとしたら、プロスポーツなら「You’re FIRED」、クビです。
ハードルを10台越える能力や逆脚でハードルを跳ぶ技術は、このレベルの選手だと既に持ち合わせています。
それでも記録が伸びないのは何故か?
簡単です。
走るのが遅いという事実。
これを受け入れないと記録は伸びません。
そもそも我が国において女子の400mHというのは、中学陸上では行われない種目ですので、殆どの選手が高校時代から本格的に始めるものですが、その始め方からして問題があります。
特に強豪校でそれが顕著ですが、我が国の高校陸上というのはインターハイを中心に回っています。
それは各都道府県で6位までに入賞すれば地区インターハイに出場でき、地区インターハイで6位までに入賞すれば全国に出場できるという、エキサイティングで過酷な闘い。
これはスリリングな青春(アオハルっていうやつ?)ですが、それと同時に各大会での総合優勝争いという別軸の闘いも同時に展開されています。
これは1位になれば8点、8位になれば1点という、ベスト8に残って記録を残しさえすればチームに貢献できるというシステム。
なんとも日本人が好きそうなシステムですが、着実に点数を積み重ねる為には、トラック&フィールドで展開される数多くの種目に、なるべく選手を出場させておく必要があります。
更に言うと、短距離系であれば100mや200mというのは競争率が高く、校内選考を勝ち抜くだけでも一苦労という強豪校は少なくありません。
そうなるとどうなるかというと、「100mや200mが無理なら400mで試合に出ろ」という流れになるのです。
そして400mでも得点が取れなさそうであれば、次はハードル種目に転向させられます。
しかし100mHはそもそもそれなりにスピードと技術がないと闘えないのに対し、400mHなら走り切る持久力を持っていれば、都道府県レベルや地区によっては「とりあえず1点は取れる」ということは珍しくないのです。
そういう意味で、いわば「穴場種目」とされることもあるのが女子の400mH。
「400mHなら1点取れるだろう!だからお前は400mHだ!!」
こういう展開はよくある話です。
何度も言いますが、選手は悪くありませんよ。
こういう作戦を立てているのは先生方でしょうからね。
つまり、400mHをやっているということは、そもそも短距離系の種目で試合に出ることが難しかった選手が、総合得点争いの為に出場した過去を持っている選手が多いということです。
もし100mで得点を稼げたり、校内選考を勝ち抜けたりする能力があればそうはならなかった選手が殆どなのでしょう。
そういう選手はスプリントが遅いということになりますから、400mHの選手がやるべきことはスプリントの練習です。
実はこれほど分かりやすい問題はなかなかありません。
時にはこうして構造上の問題に目を向けることによって、これから取り組んでいくべきことが見えてくることがあるのです。
殆どの女子400mHの選手が記録を伸ばす為に取り組むべきトレーニングは、短距離が速く走れるようになる為のトレーニングです。
練習計画をその様に組み立てましょう。
ちんたらと長い距離を走ってもタイムは伸びません。
「短短」と混ざって練習するぐらいでちょうどよいはずです。
それは世界レベルの選手が証明しているではないですか。
マクラフリン選手は200mを22秒07で走るのです。
ボル選手も200mのベストは22秒台です。
マイルリレーでも世界でエース級なのです。
何といってもハードル種目はスターティングブロックを使うのですから、間違いなく短距離種目なのです。
短距離選手がやるべきことは、短距離を速く走れるようになること。
「穴場種目」なら、やり方次第で相当いいところに行ける可能性があります。
400mHという種目に出逢えた奇跡を祝福し、その先のレベルで競技を続けてみましょう。
また逆説的ですが、100mや200mでそこそこで走れるなら、400mHをやってみるといいところに行けるかも知れませんね。
いずれにしても、相当な可能性を秘めているのが、日本の女子400mHです。
これを読んだあなたが400mHの選手や、その指導に当たる方なのであれば、来季に向けての取り組みの方向性を抜本的に見直しましょう。
陸連の育成方法を変えるのは無理でも、草の根で取り組み方を工夫することは誰だって出来ます。
私に出来ることであれば何でもします。
またご相談ならいくらでも乗ります。
やってやろうぜ!!
※本記事で引用した各種記録は、2024年10月2日時点での世界陸上競技連盟及び日本陸上競技連盟の公式ホームページを参照しています。
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