「そこまでする!?」社会人アスリートが速く走る為の考え方~短距離選手に贈る指南書~
令和6年9月21日(土)~23日(祝)は、陸上競技を愛する大人たちにとって特別な大会が同時に2つも開催されました。
1つは、京都府は西京極で開催された全日本マスターズ。
そしてもう1つは、山口県は維新みらいふスタジアムで開催された全日本実業団選手権大会。
またこれらと重なるように、全日本インカレや日清カップも開催されていましたので、正直「なんでやねん」と思うわけですが、いずれにせよ、陸上競技に携わる人たちにとっては、かなりあわただしい連休となったことでしょう。
私は全日本実業団選手権に帯同しておりました。
現地で交流して頂いた皆様、ありがとうございました。
9月も後半に差し掛かってくると、国体(国スポ)に出場されるような方を除けば、そろそろトラック&フィールドはシーズンアウトの様相です。
秋のシーズンを闘い、よかったことも悪かったことも、全てひっくるめて来季に向けた準備を進めていくことになります。
そんな時期において、今回の記事は多くの社会人アスリートにとって、かなり役に立つものとなりました。
題して『「そこまでする!?」社会人アスリートが速く走る為の考え方~短距離選手に贈る指南書~」。
はっきり言います。
私が指導者として伝えたいことが、まるっと詰まった大作です。
手に取って読みたい方向けに、PDF版もご準備しています。
絶対に来季(あるいはその後のシーズン)は、記録を伸ばしてやるんだという、熱い想いをお持ちの社会人アスリート全員に贈る指南書です。
大学生でもお読み頂ける内容となっております。
正直に言うと、書籍化も考えています。
ですが、今回は早く皆様に届けたいという想いから、取り急ぎnoteとPDFファイルにてお届けする次第です。
かなり長い記事になりますが、是非ともお読みください。
何かしらの気づきが必ずある、そういう記事になったと自負しております。
※本記事を無断で複写することを禁じます。複写される場合は著者にご連絡下さい。
はじめに
我が国における陸上競技の発展は、学校や実業団の存在なしには語れません。陸上競技は学校や実業団を中心として普及と強化がなされてきました。特に陸上競技が学校スポーツとしての色が濃いその証左として、指導者は「コーチ」ではなく「先生」と呼ばれることが実に多いもので、実際に学校の教職員として雇用されている方が多いのが実情です。実業団チームの指導者も、もともとは学校の教職員であったというケースは稀ではないでしょう。
そんな中、昨今では私設のクラブチームの台頭が陸上競技の発展に影響を与えています。「実業団選手権大会」も実質は「実業団/クラブチーム選手権大会」の様相で、その影響から高校や大学を卒業してからは、実業団に入らなくともクラブチームに登録して選手として続ける人が一昔前では考えられないぐらいに増えました。私は2010年まで競技者でしたが、その当時大学生より年長で競技者として活動していた選手は、全国大会に出場できるレベルの人が多くを占めていたと記憶しています。クラブチームの数もそれほど多くなく、入部は狭き門という印象は拭えませんでした。また余程のレベルか相当の物好きでない限りは、社会人として陸上を始めても記録が伸びなかったり怪我をしたりして、数年もしないうちに現役から退くのが通例でした。
しかし今では、それぞれのレベルで、それぞれの形で陸上競技を続ける人が増え、クラブチームの数もどんどん増えている印象です。フルタイムで仕事しながらも全国大会に出場したり、それを目指したりしている選手も増えています。個人では限界があってもリレーの為にメンバーを集めて、リレーで都道府県選手権を勝ち抜いたり、全日本に出場したりしたいと考えているチームも数多あります。またマスターズ陸上も盛況で、世界レベルで活躍されている日本人選手も沢山おられます。私は早々に競技者ではなく指導者の道を歩み始めた者ですが、この様な風潮を嬉しく思っていますし、これが我が国の陸上競技の在り方をよい方へ向かわせるひとつの波となるのではないかと考えています。私は指導者として、この様な領域で記録向上を目指す人々の一助になれればと常々思いながら、仕事を続けています。
ただ、練習時間にかなりの限りがある社会人陸上選手(以下、社会人アスリート)にとって、自己ベストを更新することは決して簡単なことではありません。これは練習時間の確保が難しいだけでなく、身体の成長がとっくに終わってしまっていることも要因です。学生時代に得た知識だけでやり過ごすには、身体の状態は学生時代のそれと大きく変わってしまっています。成長期にやっていたことが大人になってから通用するわけはありません。また学生時代の様にとりあえず寝たら疲労が回復していることもないですし、こういった活動には種々のコストが発生しますから、どこぞの御曹司でもなければ日々仕事をして活動にかかるお金を稼がねばなりません。
そんな難しい状況下においても、記録を更新している社会人アスリートが存在しているのは事実です。記録の向上というのは選手の努力の賜物でしかありませんが、その努力の方向性が適切であるということが大切です。記録の向上を達成されている選手というのは、適切な方向性で努力されている選手であると言えるでしょう。逆に言えば、今は伸び悩んでいるけれども、適切な方向性で努力を積めばまだまだ記録の向上を目指せるはずの社会人アスリートは少なくありません。
現に、私のもとへお越しのアスリートの中には、20代後半や30代になってから自己ベストを更新されたという方もおられます。マスターズ選手でもベストを更新されている方が沢山おられます。その中には、過去に、或いは現段階で全国大会に出場されていたり、都道府県や各地区の選手権大会で優勝したり上位に入賞していたりする、ビギナーに比べて高い成長率が期待できない選手も含まれます。このことを私が指導者として自慢することはありません。単純に選手のその努力を讃えます。そしてこのことは、全ての社会人アスリートの皆様にとって勇気を与えるものであると考えています。
当たり前の話ですが、記録というのは高い水準になればなるほど向上させることは難しくなります。しかし、実業団から厚いサポートを得たりプロ契約したりする水準ではないからこそ、社会人アスリートというポジションで競技をしているはずですから、多くの場合社会人アスリートには改善点という名の伸びしろがあるはずです。また年齢が高くなればなるほど、或いは競技歴が長くなればなるほど記録を向上させるのが難しいのも事実ですが、記録を伸ばす為の取り組みというのは、怪我なく練習を積むことが大前提となります。その為、怪我や痛みによって練習が積めずに記録が落ちていくことを防ぐ取り組みと記録を伸ばす為の取り組みには、重なる部分が多いものです。齢を重ねても高みを目指すマスターズ選手にとって、このことは特に重要となります。
せっかく競技をするのですから、程度の差こそあれ誰しも良い記録を出したいと願っておられることでしょう。そんな願いを持つ社会人アスリートがより速く走る為の指南書として、この記事を執筆しました。この記事は2024年9月時点のものです。考え方というのは常に同じではなく、時期を追うごとに少しずつ変化するものですから、もしかしたら来年の今頃にはちょっと違うことを言っているかもしれません。ただ、今回取り上げた内容はとても基本的であり、時には古典的な文献を引用しているような、今後も考え方に大きな変化が生じる可能性が低いものとしました。
また、この記事では主に短距離走を速く走る為に必要なことを取り上げます。と言いますのも、長距離選手にしても課題はスプリントであるという人が殆どですし、跳躍や投擲においてもスプリント能力というのはとても重要であるからです。また私自身がもともとスプリンターであったこともあり、指導やアドバイスを求めてくる選手の割合は圧倒的に短距離選手が多く占めていますので、机上の空論ではなく実践経験もふんだんに交えたことがお伝えできると考えています(一応私は2010年シーズンで100mを10秒56で走っていました)。
そして何より、陸上競技の指導者というと、やはり学校や実業団の指導者陣か、そうでなければ地域のクラブでジュニア世代に指導するというが一般的です。また市民ランナー向けの指導を行っている人はたくさんおられます。しかし、私の様に短距離を専門にしている、社会人アスリートへの指導やアドバイスを主としているフリーランスの指導者はそう多くはありません。しかもそれをボランティアではなく生業としていますから、なかなか変なヤツだと自分でも感心します。
なかなかに変なヤツが書いていますから、『「そこまでする!?」社会人アスリートが速く走る為の考え方~短距離選手に贈る指南書~』という、あまり見たことのない主題となりました。相当ニッチな切り込み方ではありますし、かなりの文字数になるものですが、社会人アスリートが速く走る為に必要な考え方をふんだんに盛り込んだ、ある種のバイブルと言って差し支えない内容としています。この記事が社会人アスリートの皆様にとって有益なものとなることを願ってやみません。
著者プロフィール
前田岳人(まえだたけと)。
滋賀県出身。パーソナルトレーナー。パーソナルコーチ。龍谷大学スポーツサイエンスコース修了。同学卒業と同時に大阪を拠点とするフィットネスクラブ運営会社に正社員として入社。パーソナルトレーニング、スタジオレッスン、プログラム開発、スタッフ教育、新店舗立ち上げ等、7年間に渡って幅広く従事した後2018年に退職。2018年より大阪市西区北堀江にパーソナルトレーニングジム「W-GYM」(https://w-gym.jp/)を立ち上げ代表トレーナーとなり、スポーツ選手や芸能関係者から一般の方まで老若男女問わず指導を続けている。また運動指導者向けの勉強会の主宰や、陸上教室のアドバイザーも務めている。日本選手権出場選手や全日本マスターズ優勝選手等、社会人アスリートの指導多数。100mのベストタイムは10秒56(2010年シーズン)。国体、日本学生陸上競技選手権大会出場経験あり。
第1章 情熱をもって取り組む
そもそも社会人にもなって陸上競技に取り組んでいるそこのあなた。いいですね!立派な変態です。実業団やプロで契約していないなら、それがお金になるわけでもなく、ご家族のご機嫌を伺いながらやらないといけないし、お金と時間もかかるし、もの凄く大変な取り組みですよね。そんなことを自らの意志でする。うん、立派な変態です。褒めています。素晴らしい。
この「立派な変態である」ということはとても大切なことです。例えばプロのミュージシャンは音楽の変態です。変態だからこそ、毎日の様に歌や楽器の練習をするのです。また文豪なんかは変態エピソードが多いですね。そう、何かを極めた人というのは間違いなく変態なのです。科学者も哲学者も、歴史に名が刻まれる人はみんな変態といって差し支えないでしょう。
変態的に情熱を持って取り組むこと。これは速く走る為に最も大切なことです。この記事では速く走る為に必要な走り方の話はもちろんのこと、トレーニングの原理原則やトレーニング計画や目標設定、或いは栄養や休養、またそれらの管理まで解説をしていくわけですが、タイトルの通り「そこまでする!?」ということも中には書いています。でも、社会人アスリートは「そこまでする!?」くらいでないとなかなか記録を伸ばしていくことは難しいのです。
走り方を見直してその瞬間記録が向上したとしても、トレーニングを積まなければその記録を維持させたり更に向上させたりすることは難しいですし、そもそも右肩上がりで直線的に記録を向上させることはできませんので、計画的によくない記録で走る時期をつくる必要もあります。このことについては第5章で詳しく取り上げますが、向こう何年かに渡って記録を伸ばしていくつもりであるなら、少々細かめに計画を立てなくてはいけません。それはとても大変なことです。お仕事をする傍らで競技をするのであれば、本当に「そこまでする!?」です。でも、この記事をここまで読んでいる変態のあなたなら、きっとやり遂げる情熱を持っていることでしょう。
「私にはその情熱がある!」「俺、やったるで!」と心から思っているのであれば、是非「〇〇(自分の名前)は必ず出来る」と宣言しましょう。これはあなたの、あなた自身との約束です。一人称を自分の名前にすることで、よりその取り組みに対して意識的になれます。そして出来ればSNSなんかでも宣言しましょう。そうすればあなたの目標達成を手助けしてくれる人たちと繋がれるはずです。スピリチュアルなことを言っているのではなく、「引き寄せの法則」は存在します。ただ、ちょっと胡散臭い感じがしなくもないので、私はそれを「類は友を呼ぶ」という古き良き日本語に置き換えて考えています。いずれにしても思いを言葉にすることは大切です。体育系の部活出身の人なら、入部した時に大声で自己紹介をして目標を叫んだ(叫ばされた)人もおられるでしょう。あれには意味があったのです(と思わないとやってられない「しごき」なのですがね)。
思いを言葉にすると、それは言霊になります。言霊は意識を音に変えたもの。意識次第で世界が変わります。スポーツをどの様にして楽しむかは個々の自由ですから、とりあえず楽しく走りたいというのであれば、その様に宣言しましょう。それぞれの意識でこの記事を読み進めて頂ければ大丈夫です。意識の高さや低さを問題にするつもりは全くありませんし、そもそもそれは単なる個人差であって高低差ではないのです。
情熱をもって、前向きに、気持ちを込めて、楽しんで、嬉しさや悔しさを大切にして取り組みましょう。ちなみに、失敗は挑戦者にしか訪れない素晴らしい気付きの機会です。失敗は前進の証。恐れずに前に進みましょう。
ただし、気を付けたいことがあります。それは「頑張る」という言葉を使わないようにすること。「頑張る」は「頑な」に「張る」という緊張をあらわす言葉です。練習や試合では「頑張ります」ではなく「○○(自分の名前)は最高のパフォーマンスを発揮します」という宣言をしましょう。もしくは「○○(自分の名前)、いってきます」くらいでもいいですね。私自身、指導の際に「頑張れ」とは言いません。言ってよかった試しがないのです。ですが、「いってらっしゃい」とか「楽しんでおいで」とか「やったろかいな」と言うと、あら不思議、結構いいパフォーマンスに繋がるものです。もちろん100%いい結果になるというわけではありませんが、それはスポーツの醍醐味のひとつでしょう。
何はともあれ、情熱を持って取り組むこと。ただし頑張るのではなく、最高のパフォーマンスを発揮すること。これで、心の準備が整いましたね。心と身体は繋がっていますから、この様にして心の準備をすることがとても大切。さぁ、それでは次章より、具体的な考え方をお伝えしてまいりましょう。ようこそ、「そこまでする!?」の世界へ!
第2章 走り方を見直す
オリンピックに出場したり、そこで入賞したりする選手(以下、エリートアスリート)でも、更なる高みを目指すのであれば、何かしらの形で走り方を見直す必要があります。つまりフォームの修正ということですね。エリートアスリートの場合、その修正は非常に細かい作業となります。「あと数ミリ○○してみようか」とかそういうレベルでの話です。エリートアスリートはそうでないアスリートに比べると、既にかなり洗練された動きができるのですから、それは当然の帰結です。私が大学時代に師事した、龍谷大学スポーツサイエンスコースの長谷川裕教授の著書(学生時代の私がモデルで使われている思い出の書)、『アスリートとして知っておきたいスポーツ動作と身体のしくみ』の「はじめに」にも“社会人やプロのレベルになると、優れた選手には自分のカラダのことをよく理解している選手が多い”と書かれているのは、学生時代でも「確かにそうだな」と思ったものです。実際、これは間違いのないことです。
一方で、一般的なレベルの社会人アスリートは、目に見えて修正する必要のある点がいくつもある場合が殆どです。これはもちろん競技レベルによって変わる話ですが、いずれにしてもエリートアスリートと比較すれば、明らかに修正した方がいい点が多くあるものです。
この記事は主にスプリントに関して書くものですから、ここで言う走り方の見直しというのは、それはやはりスプリントのフォーム修正ということになります。ただ、ここで注意をしておきたいことが2つあります。1つは「フォーム」という言葉の定義、そして2つ目は「スプリントのフォーム修正はスプリントの中で行うことは非常に難しい」ということです。
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