パルワールド訴訟と日本のゲーム特許の意義について考える
またまた、大変久しぶりに記事を投稿致します。
今年の一月にこのような記事を投稿しました。
それが、この記事のタイトルや、報道されています事態となっていることは皆さまご承知のことと存じます。
この期末の忙しい時期に気が進まないのですが、謎の義務感で書いています。
私から申し上げることは特にないんですけれども、Wikipediaに名前が載ってしまっていたり、日経ビジネス様から取材をお受けしたこともあって、これに関しては投稿しなければならないだろうと勝手に考えております。
前回同様はじめにご説明致しますが、著者はポケットモンスターシリーズをプレイし、「Pokémon LEGENDS アルセウス」および「ポケットモンスター スカーレット バイオレット」のDLC第2弾「藍の円盤」までクリア済み、ランクマもある程度ガチ勢、に加えて「パルワールド」を購入済み、プレイ済みです。特にどちらの味方でもなく中立的な立場です。
日経ビジネス様の記事は以下のとおりです(一部有料)。一部一般論としてコメントさせて頂きました。
各報道が、任天堂様のプレスリリースのみを報道するところ、当日に一歩踏み込んだ記事を出せる、そういうところが流石だと思いますよね。
さて、みなさん今年の1月には著作権云々で盛り上がっていたけれど、結局特許権侵害訴訟で?というところかと思います。そもそも、ゲームで特許が取得できるということもご存じない方もいらっしゃると思いますので、基本的なところから確認していきたいと思います。
はじめに:日本のゲーム特許の概要と重要性
技術とクリエイティビティの保護
日本の特許制度では、ゲームの独創的な要素を法的に保護することができます。対象となるのは、新しいゲームプレイの仕組み、ユーザーインターフェース、技術的な実装方法などです。特にソフトウェア要素が強い過去の事例としては、スクウェアのアクティブタイムバトル特許が有名です。これにより、開発者のアイデアや投資が守られ、イノベーションが促進されます。ただし、アイデアそのものや抽象的な概念は特許の対象外で、具体的な実装方法が重要となります。
日本はゲーム産業大国であり、特許はこの地位を維持するための重要なツールとなります。国際市場での競争力を強化し、日本企業の知的財産を守る役割があります。
ゲーム業界への影響とバランスの取れた制度設計の課題
一方で、大手企業による特許の蓄積が、新規参入者や小規模開発者の障壁になる可能性があります。今回のケースがこれに当てはまるかもしれません。
クリエイティブな表現とゲームプレイの自由度に影響を与える可能性があります。イノベーションの促進と公正な競争環境の維持のバランスをとるために、過度な特許保護がゲーム産業の発展を阻害しないよう配慮する必要性があります。
国際的な整合性とデジタル時代の課題
既にゲーム市場はオンラインによるグローバルな流通を前提としており、外国や国際的な特許制度との整合性が課題となります。日本では、ゲームのルール、システム、ビジネスモデルなど、より抽象的な要素に対しても特許が認められる傾向がありますが、米国や欧州では、より具体的な技術的実装に焦点を当てる傾向があります。どちらが良いかは賛否あるところです。
後述しますが、日本でのみ特許権の行使が認められた場合、グローバルなプラットフォームで配信されているコンテンツに、日本からはアクセスできないという事態も生じ得ます。
また、オンラインゲーム、クラウドゲーミング、NFTなど、急速に変化する新技術環境下での特許の有効性と適用範囲の再考が必要である可能性が有ります。
訴訟に至る背景
パルワールドの概要とIP展開
さて、パルワールドに関しては今年1月にしばらく遊んだ後ずっと放置していました。著者は今、ウマ娘に夢中です。それはさておき、その間もゲームのアップデートはなされ、7月にはソニーミュージック、アニプレックス、 ポケットペアによるジョイントベンチャーが設立されています。
この新会社は、パルワールドのキャラクタービジネスなどを展開するために設立されたもようで、ネット上では「パルワールド版株ポケ」などとも呼ばれているようです。日経ビジネスさんの報道にもある通り、一部でぬいぐるみ等の受注販売を開始しており、9月末のTGSにも(今回の件があっても、現時点では)出展の予定、とのことです。
ネット上には、このビジネス展開が任天堂・株ポケさんの逆鱗に触れたのではという意見が散見されますが、定かではありません。
ここで思い出されるのは「妖怪ウォッチ」のことです。
「妖怪ウォッチ危機」の教訓
「妖怪ウォッチ」第一作は、2013年7月に発売され、大ブームを巻き起こしました。当時キッズ層が需要するキャラクターに対しては完全にポケモンの競合であったことを記憶しております。
しかし、ポケモンと同様に様々なキャラクターが登場するゲームでありながら、妖怪という異なる概念を用いており、デザインの方向性も異なっていたことから、何か法的トラブルがあったということは聞いておりません。
この妖怪ウォッチシリーズは市場を席巻し、当時ポケモンは非常に苦しい立場にあったと記憶しております。このままポケモンが終わってしまうのではないかとも感じました。そこから、ポケモンGOなどを経てポケモンは見事に復活を遂げ、最新作スカーレット・バイオレットでは“発売後3日間の販売本数”としては過去最高を記録するほどになるのですが、いつまたポケモンビジネスを脅かす存在が現れるとも限りません。
一連のベンチャー設立やキャラクタービジネス展開について、任天堂・株ポケ側が脅威を感じた可能性も否定できません。
訴訟の概要と各社報道
昨日の任天堂・株ポケのプレスリリースの内容は以下のとおりです。
これによれば、株式会社ポケットペアが開発・販売するゲーム『「Palworld / パルワールド」が複数の特許権を侵害している』とのことですが、具体的にどの特許権であるか、特許番号を明らかにしていません。
また、その目的は侵害行為に対する、差止請求、および損害賠償請求を求めるものということです。この2つの救済措置は特許権の行使の主たるものであり、一般的に特許権侵害訴訟で請求されることが多いものです。
しかし、差止請求と、損害賠償請求とでは、その処分の重みが違います。
損害賠償の請求が認められた場合は、損害分のお金を払って終わり、またはお金を払い続ければよい、ということですが、差止請求が認められた場合には、ゲームの販売停止、配信停止ということにもなります。
これに対し、昨日午後6時ごろ、Xのパルワールド公式アカウントからも声明が出されました。
これによれば、この時点でポケットペア社は訴状を未だ受領しておらず、具体的にどの特許が対象であるか把握できていないとのことです。本当でしょうか?
各社報道の中にこのような記事もありました。ポケットペアにメールでインタビューを試みたというものです。
このインタビューの内容が正しければ、任天堂側からの事前交渉は無かったということです。
この不意打ちのような訴訟提起にはポケットペア側もかなり慌ただしい対応を余儀なくされたと思います。この記事を書いている時点でもまだ緊急会議が続いていることでしょう。
別に「ふいうち」をしてはいけないということではありません。それも戦術の1つです。ポケモン対戦ガチ勢であれば「ふいうち択」を迫られることは日常茶飯事です。
冗談はさておき、特許権侵害訴訟では、事前に警告状を出したり、ライセンス許諾交渉を行うことはままあります。権利者側も、訴訟を争うと疲弊することから、平和的に解決できるのであれば、それに越したことはないからです。
しかし、事前交渉なしでの訴訟提起ということですから、原告側の強い意志を感じます。お金をもらうことで妥協せず、差止を認容されるまで戦うのではないか?ということも考えられます。
あるいは、交渉で事件の解決が遅延してしまうことを避けたのかもしれません。
特許権侵害訴訟進行の一般論
以下は、一般的な特許権侵害訴訟の流れです。あくまでテンプレです。
訴訟の提起 ←イマココ
特許権者が侵害を主張し、管轄の地方裁判所に訴状を提出
被告への訴状送達
答弁書の提出
被告が訴えに対する反論や抗弁を記載した答弁書を提出
準備書面の交換
両当事者が主張や証拠を記載した準備書面を交互に提出
争点整理
裁判所が両当事者の主張を整理し、争点を明確化
証拠申出
両当事者が自身の主張を裏付ける証拠を申し出る
技術説明会
裁判官に対して、特許技術の内容や争点となる技術的事項を説明
侵害論・無効論の審理
特許の技術的範囲に属するか(侵害論)
特許が無効理由を有するか(無効論)について審理
証拠調べ
書証の取り調べ、証人尋問、専門家証人(鑑定人)の尋問など
損害論の審理(侵害が認められた場合)
損害の発生と金額について審理
弁論準備手続き
争点と証拠の整理
口頭弁論
両当事者が最終的な主張を行う
判決
裁判所が侵害の有無、損害賠償額などを判断し、判決を下す
控訴・上告(必要に応じて)
判決に不服がある場合、知的財産高等裁判所に控訴、最高裁判所に上告
強制執行(必要に応じて)
勝訴した場合、判決内容の強制執行(差止め、損害賠償の支払いなど)
以上が基本的な流れですが、上記した「侵害論・無効論」という論点は重要です。
特許の技術的範囲に属するか(侵害論)
侵害被疑物件(ゲーム)が、果たして特許発明の技術的範囲の属するか否かという点について、証拠を参照しながら検証します。基本的には原告側はこれを確認したうえで訴訟を提起しますが、たまに無理があって敗訴してしまうケースもあります。
特許が無効理由を有するか(無効論)
そもそも特許が無効であるというケースがあります。特許性を否定する新たな文献が見つかったり、書類の記載に不備があったりすることが無効の理由になります。この場合、特許権を無効にする行政処分を待たずに、裁判所の権限で特許ははじめから無かったものとみなして判断をすることができます。
差止請求が認められた場合の影響
仮に、原告の差止請求が認められた場合どのような影響があるか気になっています。私はSteamで既にパルワールドを購入しており、プレイする権利を有しているからです。
すみません。画像をよく見ると、1月26日にプレイしたきり、放置しているようです。プレイ時間も4.7時間しかありません。プレイヤーを名乗る資格はないようでした。逆にポケモンはスカバイだけでもこの数百倍の時間をプレイしていました。
冗談はさておき、日本国の特許権の影響は原則日本国内にのみ及びます。「原則」としたのは、ニコニコ動画事件のような裁判例を考慮すれば、サーバが外国にあったとしても日本国内でのゲームのプレイに及ぶことが考えられるからです。
Steamでは当然ながらグローバル配信されているため、差止請求が認められれば、日本の地域のみを対象として、少なくとも新規の配信は停止される可能性があります。
パルワールドのコミュニティでは、プレイできなくなることを心配して任天堂を批判する意見が外国の方から上がっているのを見受けますが、たぶん、あなた方の国のプレイは大丈夫かもしれません。
また、私のようにパルワールド購入済みで日本からプレイするユーザの権限が停止されるかも気になります。Steamの契約・規約・ポリシーや日本の裁判所の判断に左右されると考えられます。
また、訴訟について全てが判決に至るわけではありません。
↓知財高裁HPの「特許権の侵害に関する訴訟における統計(東京地裁・大阪地裁、平成26年~令和5年)」によれば、
請求認容または勝訴的和解になる確率が51%、それ以外が49%ということですから、統計的にはまさに五分五分です。
また30%は和解になり、判決が出ないということもありますから、最後まで対象特許が分からず終いということもあります。
そんな中、ネット上ではいま「対象特許探し」がされています。
ネット上での「対象特許探し」
特許の探し方
ネットの特定班の行動力はすさまじく、既に様々な議論がなされていますが、いったいどうやって特許を見つけてくるのでしょうか?
せっかくなので、特許の探し方を覚えて帰って行ってください。
日本には、特許庁が関連する独立行政法人INPITが運営するJ-platpatという便利な公的特許検索サイトがあります。特許だけでなく、意匠、商標も検索できます。
こちらの「特許・実用新案」タブから「特許・実用検索」を選択してください。
そして、デフォルト設定のまま、例えば「検索キーワード」の欄の1つ目の「検索項目」の選択肢から「出願人/権利者/著者所属」を選んでください。2つ目もそうしてください。
ここで、あくまで例ですが、例えば下記画面のように名前を入れ、AND条件で結んでください。
また、検索オプションにて、「ステージ検索」のうち「特許 有効」を設定してください。終わったら、「検索」ボタンを押してください。
そうすると、以下のようにそれらしいものが出てきます。
ただ、結局、それらしいものは、それらしいものに過ぎません。当事者が明記したという根拠が無ければ全ては憶測です。
言うまでもないことですが、ネット上の意見は、多少的を射たものから、的外れなものまで様々で、専門家の知見によるものではなく、間違っている可能性が高いので、むやみに拡散したりしない方がいいでしょう。
また、どれが対象特許であるとか、侵害しているかとか、個人的には興味がありません。自意識過剰かもしれませんが、私がここに見解を記載することで、どちらかが有利になったり、不利になったりすることを望みません。
単純に、特許情報というものはこのように取得できるものだということが広く知られて欲しいです。そして、一次情報にあたってください。
もしかしたら当事者に訴状が届いて、ポロっとXで暴露される可能性もあります。
とりあえずの結び
現状考えたことは以上です。
パルワールドをめぐる任天堂の訴訟は、日本のゲーム産業と特許制度の在り方に一石を投じる事態となっているとも考えられます。この問題の行方は、開発者の権利保護とゲーム文化の発展のバランスに大きな影響を与える可能性があります。今後の経過を注視しつつ、業界全体にとって最適な結果となることを期待します。
また、情報が更新されましたら…
前川知的財産事務所
弁理士 砥綿洋佑