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床屋さん

(文 前島ひでお) 
小学生のころから行く床屋が近所にある。若い元気なお兄さんがやっていて、お母さんが待合場でお茶とせんべいをくれた。そのお兄さんは面白い人で「俺は子どものころ悪だった」と言いながら、小学校の屋根に上り、スズメのひなを捕まえた話や、十日市で見世物小屋に入った話などを聞かせてくれた。

 私の人生の節目はたいていここで散髪してもらった。まず、中1の時、先輩の横暴に抗議して全員坊主にした時、その話をしたら「よし、英男ちゃん頑張れ」ときれいに坊主にしてくれた。結婚式の前日も整髪してくれた。教員になって30過ぎにパーマが流行っていたので「パーマに」というと「英男ちゃん、学校の先生がパーマなんかかけるものじゃない」と叱られた。それでも、軽くならとやってくれた。

 店には野鳥がいつもいたし、山野草がたくさんあった。小さいときに野原を駆け巡っていたようだ。そのうち、嫁さんをもらい一緒に店をやり、いつの間にかおばあさんは出てこなくなった。このお兄さんは私に人生のいろいろなことを教えてくれたが、早くに亡くなってしまった。

 今は店も新しくして、娘さんが継いでいる。しばらくはお母さんも出てきていたが、最近は一人で頑張っている。私は、最近は決まった店で散髪しなくなってしまったが、久しぶりに出かけてみた。なんとなくあったかい雰囲気。あのお兄さんを思い出しながらゆったりと髪を切ってもらううちに気持ちよくなってしまった。


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