「子どもの思考力を育てる秘訣」
1.はじめに
私は五十数年間「算数」という教科指導を通じて「子どもの思考力を育てる秘訣」について考え続けて参りました。最近になって、自分の経験に照らしてある考えを持つに至りました。その思いを述べさせていただきたいと思います。
一言で言えば「思考力」を育むにはどのような「鍛錬」をすればよいのかということに尽きます。「思考力」とは読んで字の如く「思い考える力」であります。しかし問題はこの力をどう育てるのか、という点に集約されるに至った次第です。
さて、この「思考力を育む」という言葉の核心部分はどこから出てきたのかについて私なりの考えを述べてみたいと思います。
最近の中学入試の動向を分析してみます。すると、この「思考力」というものにおける重要性が非常に大きくなってきたことに気付きます。その端緒はどこにあったのかといいますと、私の独断的推察を許していただけるならば、私は2003年の東京大学の入試問題に「歴史的に有名な伝説の数学問題」が出題されたことに端を発するのではないかと思っています。事実、その後の中学入試における算数問題に「考え」を問う出題が増えたことからもわかります。
その数学の入試問題は『円周率が3.05より大きいことを証明せよ』というものでした。
これは当時のゆとり教育の一端として小学校教育において「円周率を3とする」というとんでもない「約束(規定)」に対するアンチテーゼとして東大が出題したと思慮するものであります。
いきなりこういう問題を出されると受験生はどこから切り込んでいったらいいのか戸惑っただろうと思われます。何もないところから考えがボコボコ湧いて出るものではないわけですから、それまでの自分の経験に照らし合わせて何かそれに類したことから3.05という値を導く論述に持ち込まなければなりません。自分の経験・学習過程から得られた「知識」を駆使して「問題の解決・解答に辿り着く」というプロセスを論理的に述べることを必要とします。そのような「考える力」を試す問題というのが端緒になったのではないかと思うのです。
中学入試においても、ここ10年来急速に「何故そうなるのか?」という考え方を問う入試問題が非常に多くなってきたのは、正に、今問われているのは「知識」そのものではなく、「知識」という基礎的な固定されたものからどのように形を変えて解答に繋げる「知恵」の部分への探求ではないでしょうか。