超極小の過去・現在・未来 『民具のデザイン図鑑』

「生活文化から生じるもの」を総じてヴァナキュラーと呼び、それは地域性や特定の集団に独自な文化や言語を生み出す源泉とされている。

武蔵野美術大学民俗資料室 編 加藤幸治 監修『民具のデザイン図鑑』
(誠文堂新光社・2022年・12ページ)

 武蔵野美術大学民俗資料室 編 加藤幸治 監修『民具のデザイン図鑑』(誠文堂新光社・2022年)を読みました。

 廉価で手軽な大量生産品、人間工学に基づいたと謳う各種の道具、技術の粋をあつめた便利で優美な調度品。それらの魅力や優位性は常に相対的で、様々な要因と状況の関わり合いの中で絶えず変転していくものです。しかし、そんなふうに道具や調度品が目まぐるしい速度でその価値を変化させていくようになったのはここ最近のことではないでしょうか。コンビニエンスストアや100円ショップ、郊外型のショッピングモールの登場とインターネットショッピングの台頭は、都市と地方の物質的な均質化に寄与しました。携帯電話からスマートフォンへの変遷が急激に進み、パソコンはどんどん小型化し、ウェアラブル・デバイスへの移行ももうすぐでしょう。ジェネリック家具の存在は、生活スタイルやインテリアの均質化をもたらします。
 「現状維持は後退である」「価値観をアップデートする必要がある」など、ある種の強迫観念によって“流れ”そのものが加速度的かつ脅威的な速度で流れていく状況にあって、それをキャッチアップ/フォローしていく労力はかなりの割合を占めるようになってきています。あるいは、その労力を極限まで削ったり無視したりして、流れそのものを流れていくままにしているか。「なんか知らんけどそういうことになっているらしいよ」と。

 そんな“流れ”に対して、はるか遠くの位置にこそ、民具があるのではないでしょうか。

民具とは、ふつうの暮らしの必要から生み出された道具を指す。

(同書3ページ)

 日常の労働や作業、生活の風景に溶け込むような民具は、現在とは比較にならないほどゆっくりとした速度で変転していき、そしていつしか、漠然としたポイントであるべき姿形に落ち着いたのだろうと思います。そこには市場ニーズも時代のトレンドもない、ただ「自分と自分たちの生活をいかに成り立たせていくか」という極個人的な、極小の時空間しかなかった。その中には当然“突然変異”と呼べるような画期的な変化があったかもしれませんが、それだって素材の変更や製造過程の工夫、動力源の変化によるものでしかなく、全ては「自分たちの生活」へと回収されていく。
 本書で紹介されている民具の多くは、今でもなお現役で使用が可能なものばかりに見受けられます。あくまで生活の中に根ざした、深く根を張ったものであるからこそなのでしょう。「時代の流れ」に取り残された訳ではなく、初めからそこにはいなかった。あらゆる流れから超然とした距離をとり、ただ「わたしとわたしたちの生活のために」「わたしたちの過去と現在と未来のために」あり続けた民具。本書を通して、今まで触れたことのない面白さを感じました。

文化を均質化していくようなあらゆる力に対し、個性や多様性の大切さを認識させるカウンター・カルチャーとして、生活のあるところには常にヴァナキュラーが生じ続ける。

同書12ページ