ちいさなくまのゆめ
この冷たい星のかたすみでしずかに朝がやってくるのを待っている小さな小さなくまがいた。くまは白く、まるでぬいぐるみのようにやわらかいはだをして、ひとみは葉のさきの朝露のつぶのようにぬれて光っていた。波の立つうみのそばの岩のかげにくらし、いつも凍えていた。この星は暗くとても冷たい星だったから。
くまはひとりきりで暮らしていた。岩の上に打ち上げられた藻をたべて生きていた。くまはとても小さいままで、藻はくまがいくら食べてもなくならなかった。うみはとても広かった。
とくべつに凍えるときには、ふとさみしいとおもうこともあった。それでも、この星で話せるものはいなかったから、きれいな貝をひろっては岩の上にならべたり、それをちがう並べかたにしてみたり、ひとつだけ別のばしょに放りなげてみたりして暮らした。
くまはうみのそばから離れなかった。いつかうみのむこうから光る星がのぼり、朝というときがくるのを待っていた。くまはいつのまにか生まれ、この冷たい星にいたので、あたたかさというものを知らなかった。知らなかったので、知ってみたいとおもうことすらできなかった。
それでも、ゆめでみた光る星がもたらす朝、というものがこの冷たい星のはるかとおくからなにかみたこともない空気をたずさえてやってくる日を心待ちにしていた。それがどんなものかもわからずに。
儚い光の星なら数億粒ほど見ることができた。冷たい星の上空にてんてんと浮かび、たまに流れて消えていく星たち。くまはその儚い光の星たちをながめ、目でなぞっているうちにいつしかひとつのシルエットが見えるようになった。それは、かつて岩にへばりついていた5本の足が広がったいきものと同じ形をしていた。そのいきものを見つけたときくまはそれを食べたりはしなかった。自分よりずっと弱そうないきものだったから。しばらくみていたらどこかにいってしまった、5本の足が広がったいきもの。それと同じシルエットが数億の儚い光の星のうえに浮かびあがって見えた。くまは不思議なきもちになった。
それからくまは眠るまえにはかならず空を見上げ、数億粒の光のなかからそのいきもののシルエットをさがしては見つめるようになった。けして強くはない光だけれど、こころのなかにのこる何かがあった。くる日もくる日もくまは見つめつづけた。そしてそのかたちを朝露のようなひとみのなかにとじこめたまま、いつのまにか眠りについた。
ある日、いつものように星のなかに浮かぶいきもののシルエットを見つめたまま眠りに落ちそうになったくまの目に、4つのものすごく強い光が落ちてきた。弾けた星が、青白く光りながらくまのなかに飛び込んできたのだ。それは5本のひろがる足のうちの4つとして儚く輝いていた星たちだった。くまはからだのなかから青白く光っていた。くまが眠っていた岩のかげはあわく照らされた。
おなかのなかがあたたかい。くまはそうおもった。はじめて感じたあたたかさだった。くまは自分を抱きしめた。あたたかさがちいさな手足のさきまで広がっていった。
空を見上げると、のこりのひとつとして儚く光っていた星は、とても大きな、みたこともないくらい眩しい光をはなってそこにあった。くまのひとみからは自然となみだがこぼれた。それはゆめでみた朝という場面と同じ景色だった。くまがこころまちにしていた、うみよりも大きくて明るい、この冷たい星のすべてをあたためる永遠の光だった。
くまは光のほうへ歩きだした。やがてうみのなかに足をつけて、じっとその光をみつめた。くまの目は眩まなかった。じぶんのひとみも同じくらい光っていたから。くまは4つのひかりを自分のなかにやどしたまま、あたたかくとても小さなからだでいつまでも生きていたいとおもった。