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【第13回】40歳までに不眠症を治そうと心に決めた日
お久しぶりです
去年の秋から週1と決めてコツコツ続けてきた不眠noteでしたが、1月はおやすみしていました。1月は毎週末なにかと予定が入ってしまっていて時間がとれないまま、過ぎてしまいました。
ちょうど先週も、「実は全部読ませていただいてます」と知り合いの方から声をかけていただいて、「やばい、早く再開しなくては…」と思っていたところです。
さて、「次は不眠症の治療を始めてからの話」を書くよ、と告知させていただいていたので、やっとやっと、告知通り、その話を書き始めようと思います。
「薬をやめよう」と決めたと土曜日の朝
増えに増えた睡眠導入剤と安定剤の副作用でつらい身体を、今日は無理やり起き上がらせなくていいのだ…。
2020年3月頃の土曜日の朝、私はベッドの中でダラダラと過ごしていました。時刻はまだ8時過ぎ。あと30分もしないうちに当時5歳くらいだった娘が起き出してくる。それまでのわずかな時間、眠れなくても目を閉じて身体を休ませておこう。
その当時、土日の朝はいつもこんな感じでした。
平日はなんとか6時半に起きてシャワーを浴び、娘に朝ごはんを食べさせて保育園へ送るというルーティンワークをこなして、夕方まで仕事をしているのですが、土日になるともう身体を動かす気力も体力もなく、予定がなければ、ベッドで昼近くまでゴロゴロしていました。
見かねた娘が、「ママ、これ、飲んで」とウィダーインゼリーを運んできてくれることもありました。
「40歳まで生きられる気がしない」
その土曜日もそんな感じで、痛む肩の関節をコキコキ鳴らしながら横になっていました。
で、その時、ふと、
「やばいなあ、このままだと生きて40歳を迎えられないかもしれないなあ…」という考えが浮かんできました。
当時の私は37歳なので、40歳まであと3年ほど。
そのくらい、もう身体の状態はギリギリだったし、脳みそは感覚的には元気だった頃の10分の1以下の稼働でなんとか、超バカになっていることが周囲にはバレないように(バレていないつもりで)毎日ギリギリ辻褄を合わせているという感じでした。
仮に、なんとか身体的に40歳を超えて生きながらえたとしても、この濃霧に包まれぼーっとした脳みそを抱えて生きていることに何の意味があるのだろうか。考えることは(たぶん)おかしいし、おそらく正しい判断もできないし、何かを心から喜んだり悲しんだりする余裕もない。
毎日、ずた袋みたいな身体を引きずって働いて、それをかろうじて回し続けること以外に割けるエネルギーがもう自分の中に1ミリも残っていない。いや、そのエネルギーさえ、どんどん将来から前借りして赤字を垂れ流して走っているような状態じゃないか。
「このままじゃ、40歳まで生きられる気がしないし、生きたところで意味がない」
数年間の不眠状態ですっかり思考力が奪われた頭の中で、その考えだけが、真っ暗な谷底でやっと掴んだ細い糸のように、確かなものとしてありました。
40歳で死ねるか?
40歳で死ねるか?
娘が寝ている方の物音に耳を澄ませながら、自問自答しました。
答えはもちろん「NO」。
もちろん、まずは娘のことでした。
31歳で産んだ娘が成人するのは、私が49歳になった時。自分の人生を思い返してみても、やっと社会の中で居場所を見つけられたと思えたのは30を過ぎてからだから、せめてそのくらいまでは必要とされた時にいつでも手を差し伸べられるように生きていたい。
そして、自分自身の人生のこと。
当然まだまだやりたいことがたくさんありました。不器用な人間の37歳は、やっと「社会の輪郭が見えてきた」というタイミングでした。自分が生きて働いている場所についての地図が、「え、試さなくてもわかるよね…?」という数々の滑稽な試行錯誤を経て、ようやく地図として機能する程度の解像度に達し始めた…。そういう時期でした。
その地図を、使うこともないまま死んでいくなんて…絶対に嫌だ。この地図をフルに活用してもっといろんなことをやるんだ。
だから死ねないし、このまま濃霧と鈍痛に包まれて毎日ギリギリ生きている状態をどこかで終わらせるしかない。
「やるなら、今しかない」
2020年の春といえば、ちょうど新型コロナウイルスが猛威を振い始めた頃。
仕事の打ち合わせが次々とキャンセルになり、進行中のプロジェクトがペンディングになり、保育園も閉鎖されました。
「やるなら、今しかない」
コロナで世の中でストップしている間に、薬をやめて、不眠症を治そう。それで生きて、いや、生きている意味があると思える状態で40歳を迎えよう。
土曜日の朝のベッドの中で、そう心に決めました。