デッキの強さを測る【理論編】
理論編では #一般TCG理論 の内容として具体例を出さずに、続編の実践編ではここで書いた内容にあてはめながら、MTGのデッキ解説をする。
理論編では、デッキそのものの絶対的な強さを判断することを前半、環境の中でそれが勝てるデッキかという相性込みの相対的な強さを判断することを後半で書く。
デッキを見る
最大値でデッキを見てものさしを作る
まず、デッキを見たときにやること。
カードを強い順に並べてみる。1ターン目、2ターン目の最高の動きを想定して、どういうシナジーがあるか考える。それぞれのカードが最大に活かされる場面を考える。自分もやるし、みんなやると思う。
この記事を書いているということはもちろんこの行為は、全く本質的ではない。一番運がよかった場合の強さは強さの指標にはならない。理想と実際は違うから。
ではなぜこれをやるのか?簡単だからである。一番強い回りをしたときの強さはカードを並べてみればわかる。しかし、平均的な回りをしたときのデッキがどれだけ強いかは見ただけではわからない。
大事なのは、デッキが引きむら込みでどれぐらい強いかであるが、それはすぐにはわからないので、一番強い動きを基準に「真のデッキの強さ」を測りはじめる。最大値を見るのは強さを見ることではない。強さを測るための定規を作ること。
中央値でカードを見て強さを測る
デッキの強さを測るために、次はカードの強さを精査していくと思う。
ここで、指標とするべきものは中央値である。(雑な説明:中央値は100回やって50番目によかったもの。)
平均(アベレージ)という言葉がよく使われるが、これもまたミスリーディングである。
圧倒しても、接戦で勝っても勝ちは勝ち。まったく活躍しないカードが手札で腐って惨敗しても、それなりに抵抗して負けても、負けは負けである。
人間は圧勝したり惨敗したりした記憶は強く残り、判断が引きずられる。しかし、勝敗に影響するのは他のカードではなくそのカードだったおかげで勝ったゲームが何回あり、そのカードだったせいで負けたゲームが何回あったかである。
例えば、そのカードがゲーム中に削ったライフの平均を指標として使う場合、有利な状況を作った後の勝ったも同然の状況でオーバーキルしただけのカードが過大評価されうる。ただでさえ、劇的な状況は記憶に残り心理バイアスになりやすいのに。
圧倒的勝利も僅差の勝利も同じ勝ち。勝率には関与しない。「最低でも仕事をするカード」より「ハマれば強いが、ハマらないと弱いカード」が強いことは確かにある。しかし、その「ハマった状況」が既に圧倒的有利でほかのカードでも勝っている状況であれば、その、「ハマれば強いカード」を使う価値はない。
まずは中央値を探るつもりで始めるべきだ。
環境を見る
設計者視点で前提を整理しよう
最強デッキを見つけることは一種のバグを見つけることである。なぜなら、前提として、カードゲームというものは長く遊べるよう設計している人がいてできているからだ。
どうすれば長く遊べるか考えてみる。まずは複数のアーキタイプを作ることだ。それぞれ異なる思想のアーキタイプを並列で研究する必要があるようにする。しかし、各アーキタイプの研究が進んで最強アーキが簡単に特定されると、それでも寿命は短い。そこで、アーキタイプ同士でじゃんけんのような3つ以上が循環する相性を作る。どのデッキにもそれに強い相手が存在するとなると、人間がグーを出しやすいとしても常にパーを出せば勝てるわけではないように、最強として永遠に君臨し続けるデッキは存在しないことになる。では相性はどうやって作られるかを考えよう。
ボトルネックで環境を見る
MTGには、ミッドレンジはカードの質で勝るアグロに有利、もう一段遅いコントロールはミッドレンジに有利だが、二段階遅いとゲーム速度でアグロがコントロールに有利になるという古い言説がある。(現実とは一致していたりしていなかったりするが、半分以上は合っている気がする。)
マナ制のゲームであれば、カードの展開速度をボトルネックにしたい軽いカード中心の速いデッキと、長期でカード一枚あたりの強さでの勝負にしたい遅いデッキの対立という構図が大抵起こる。速さとカード一枚の強さは一例でしかない。場にカードを出して殴るデッキが強ければ、除去するカードと交換してリソースをボトルネックにするデッキが現れて、今度は逆に除去対象になるカードを抜いてライフを直接ボトルネックにすることを狙うバーンデッキが現れて、というボトルネックの多様性の広がりは多くのゲームで目撃されてきたのではないか。
環境理解というのは、このボトルネックの特定である。どこを攻めれば勝てそうか、相手はどこを攻めてきそうかでカードを見る。例えば、「4マナで5ドロー」というカードが出たとして、自分の知る限りどのマナ制のカードゲームでも禁止級の強さだ。しかし、ここで、環境が相手の展開速度をボトルネックにすることを目指す平均キルターンが4ターンを下回るものだったとしよう。もし、交換効率のいい妨害が多様で、4ターン以降にゲームを引き延ばせるのであればこのカードは見た目相応に強い。しかし、除去が弱くて速い相手への対策はより速く動くしかなく、ボトルネックを別のものにできる余地がないのであれば、このカードは使用に耐えないと言える。
ゴリ押しとスカし
ここまでの議論をまとめると、環境のボトルネックを攻めれるデッキが強くて、環境がボトルネックにしたい要素が攻められても強いデッキということになる。
弱点を攻めることができて、弱点が攻められにくいのが強いという当たり前のことの言葉を変えただけじゃないか、と言われそうだが、最後にゴリ押しとスカしについて書く。
ゴリ押しとは、責めると決めた弱点をとことん攻める性能である。「プレイの一貫性」や「構築の一貫性」という言葉を強いプレイヤーはよく使う。これのことである。一貫性のないことをやると、どの要素もゲームのボトルネックにして支配することはできない。カードの役割を分散させれば、カードの役割を集中させた相手が意図するボトルネックを押し付けられることになる。一貫性とは、攻めると決めたボトルネックをとことんゴリ押しする性能と言える。デッキの絶対的強さとも言えるし、カードプールが変わった直後であればこの強さがそのままデッキの勝率になりやすい。
ゴリ押しと相反する概念としてスカしがある。場にカードを出して殴り合う環境で、相手がマナを立てたままターンを終了してきたとしよう。(MTGでは相手ターンにもアクションができるので、マナを立てて終了することは妨害がありますよという見た目。)ここで、ゴリ押しするのであれば、相手の妨害がなくなるまでカードを出し続けるプレイをするだろう。しかし、相手が予想したことと違うアクションを取り、それが妨害の対象外であれば相手が立てたマナは無駄になる。例えば、クリーチャー除去を持っている相手に対して、ドローソースを使ったり、バーンを使ったり、自分もマナを立ててターンを返したり…という具合である。
スカしの多様性は、単純な対策で有利をつけられることはないという頑健性である。一辺倒なゴリ押しは、相手もそれだけ対応しやすい。サブプランの用意があることで対応が難しくなり、相手のゴリ押しをスカすことができる。
ゴリ押しとスカしの性能はいずれも重要でありながら、大抵はトレードオフ関係にある。ゲームのボトルネックにすることを狙う要素が少なければゴリ押しは強くなり、多ければスカしやすくなる。
まとめ
最大値はものさし
中央値でカードを見よう
ゴリ押しをする一貫性のあるデッキが強い
スカせるデッキは対策されにくい
以上!よろしければ、MTGの実例で実践編も書くので、MTGプレイヤーと、MTGのカードを頑張って見てくださる方はよろしくお願いいたします。できるだけ後からやわからない人が見てもわかる説明を心掛けます。