掌編「my pillow」
「呼吸禁止」
枕にした腹がふわふわ動くのが気に入らないから、というようなことを篠宮は言った。
ついに片付け終えた部屋の隅で、二日前に入り込んだ桜の花びらが茶色くしなびていた。ベランダには昨日の雨が水溜まりで残っている。開け放した窓から入ってくる風は、まだ少し寒かった。
私は思いっきり息を吸い込んで、お腹を膨らませた。篠宮の頭がそれに合わせて、ゆっくりともたげる。彼女は横目で私を睨んでいた。
「枕、探さないとね」
篠宮は鼻を鳴らして、まぶたを閉じる。彼女は枕が変わると眠れない女だ。
「必要ない」
私の協力は、といったところかな。いつも通りの態度に、私は少なからず安堵した。
「最後に言っておきたかったんだけど」
私は篠宮の重力から身体を避けて、彼女の頭をフローリングの床に置いた。上から彼女の顔を覗き込むと、篠宮は目を逸らした。
「聞きたくない」
篠宮の頬をつまむ。私たちは上下逆さのキスをする。舌は言葉の形をなぞり、伝えたいことのすべてはそこに詰まっていた。
「これでぜんぶ?」
篠宮は言う。私は頷く。
「足りない」
私は、苦笑いするしかない。
「私も言いたいことがあるんだけど」
不機嫌そうな篠宮に身体をゆだねると、乱暴に唇を合わせられて、歯と歯が当たった。
別れの言葉は、あ、から始まる。
お題 「寄り添う重み」
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