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2020年10月の記事一覧
掌編 「コーヒーが飲めない」
夢の中では、ハルおばさんは私と同い年の中学生だ。スカーフの曲がったセーラー服を着て、背中まである長い髪。髪は手入れをしていないからいつもボサボサ。綺麗な緋色の毛先は櫛を知らず、風も雨も枝葉だってくっつけて、ハルおばさんは無邪気に駆け回る。
犬か、こどもみたいに駆け回って、私を置いていくくせに、点みたいに遠くなるとこちらへ振り返って、大きく手を振る。
はやくおいで、ナズナ。
それでようやく、
掌編 「羽の機能について」
午前五時、目覚ましのアラームより先に目を覚ます。薄明の寝室に、時計の頭を叩いた音が歯痛のように響いた。シーツの衣擦れ、窓の外の鳥、そして耳鳴り。彼をそばやかす全ての音が神経に触れ、痺れる。
背後で寝息を立てる夫は、何時に帰ってきたのだろう。昨日、私がベッドに入ったのは午前一時だった。
青ざめた朝の光では、彼の顔色は判然としなかった。煮凝った夜気のゼラチンが、寝室を青く屈折させる。
寝室の扉
掌編 「あなたの物語」
その本は、ぼくが二番目に読んだ絵本でした。それは、朝焼けの空をことことと煮詰めたような、きれいな表紙の絵本でした。ぼくはその絵本が大好きで、絵本の端が、よれよれになって、擦り切れるまで、何度も何度も、読み返したものです。
だけど、その絵本には終わりがありませんでした。絵本の最期の頁《ページ》は、誰かに破り取られていたのです。
誰がこんなことをしたのだろう、と初めは思いました。けれど、今はそう