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月と陽のあいだに 213

流転の章

慟哭(7)

 月神殿の仮墓所は、神殿の地下、ユイルハイの湖面より低いところにある。石造りの仮墓所は夏でも冷たく、その壁は『死者の涙』と呼ばれる露でいつもうっすらと濡れていた。
 今その奥まった一室には、眩いばかりの明かりが灯り、部屋の中央に置かれた白い石の棺には、濃紺の礼装に身を包んだネイサンが眠るように横たわっていた。

 いくつもの足音がゆっくりと近づき、部屋の前で止まった。
 墓守の神官が扉を開くと、白い神官服の一団の中から、黒い喪服の白玲が歩み出た。
 黒い薄絹越しの横顔は青白く、わずかの間に痩せた頬に黒い瞳ばかりが大きく見える。大巫女シノンに支えられて棺の傍に跪くと、白玲は震える指でネイサンの頬に触れた。

「目を開けて……。もう一度、わたしを見て……」
 白玲はネイサンの耳元でささやいた…
「あなたに黙っていたから、怒っているのでしょう? ちゃんとお話しするから、だから、もう、怒らないで」
 ネイサンの冷たい頬を撫でると、そっと唇を寄せた。
「目をあけて、わたしを見て。わたしを、ひとりぼっちにしないで……」

 シノンがそっと白玲の肩を抱いた。
「叔父様は、もう、お目覚めにならないわ」
 白玲の肩がビクリと動いた。
「姫宮と一緒に迷わず神の国へ向かわれるように、お祈りしましょう」
 抱き起こそうとしたシノンの腕を振り払い、白玲はネイサンにしがみついた。
「そんなの嘘よ。一緒にいるって、一人にしないって約束したもの」
 棺に縋りついたまま身を震わせる白玲に、シノンは神官たちに下がるように目配せした。シノンは白玲の隣に跪くと、その背を長い時間さすり続けた。

 その日、白玲は医学院へ戻らなかった。誰に言われても棺のそばを離れず、起きているときは涙を流し、時おり棺にもたれてうつらうつらと眠る。
 そんな白玲を、ニナとアルシーが交替で見守った。親しい人々が弔問に訪れても、白玲は声もなくただ頭を下げるだけだった。

 ただ一度、皇太子夫妻とハクシンが訪れた時だけ、激しく反応した。
 捧げられた花束を石の壁に投げつけ、ネイサンの亡骸に触れようとしたハクシンの手を、「触らないで!」と叩くように振り払った。
「いくら悲嘆に暮れているといっても、あまりにも無礼であろう」
 皇太子は怒りをあらわにしたが、皇太子妃がとりなして、三人はそのまま帰っていった。
 話を聞いたシノンは、大巫女の権限で、葬儀までの間、弔問客が仮墓所へ入るのを禁じた。

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