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月と陽のあいだに 205

流転の章

岳俊(4)

 岳俊はネイサンに向き直ると、改めて深くお辞儀をした。
「輝陽国でもお噂はお聞きしておりました。お目にかかれて光栄に存じます」
 そう言って岳俊は懐から包みを取り出すと、白玲に差し出した。

 中には一通の書状と、流水紋の刺繍の施された絹の手巾が入っていた。
 上質な紙に書かれた達筆な筆跡は、紛れもなく蒼海殿下のものだ。
 一別以来の挨拶の後には、白玲の父アイハルの事件と湖州太守とナーリハイ辺境伯との関わりについての調査のことが書かれていた。そしてこれらの調査に、月蛾国も協力してほしいと、依頼とも要求とも取れる文言が続いている。
 一読した白玲は、書状をネイサンに手渡した。

「白玲は蒼海殿下に恩義があるのだろう。私も、殿下に対して予断を持っているわけではない。
 しかしこの件については、私たちの一存で答えることはできない。返答には、今しばらく時間をもらえるだろうか」
 書状を読み終えたネイサンの言葉に、岳俊が頷いた。
「もちろんでございます。私は一座とともに、アラムの宴で芸を披露いたしますので、お返事はその後にいただければ十分でございます」
 ネイサンは書状を丁寧に畳むと、白玲に返した。

「せっかく準備をしてくれたのだ。何かもう一つ、楽しい曲を聞かせてもらいたいものだ」
 硬い空気を緩めるように、ネイサンが白玲を見た。
「では、あれはどうかしら?」
 白玲が手を叩くと、岳俊が訝しげな顔をした。
「あれというのは、蒼海学舎の送別会で白玲が弾いた『あれ』のこと?」
 役目を終えてホッとしたのか、岳俊の敬語が飛んでいる。気づいた白玲が笑うと、岳俊は慌てて口を押さえ、ネイサンは面白そうに二人を眺めた。

「それでは『あれ』を頼もうか」
 ネイサンの言葉を合図に、二人は恋の歌を軽やかに合奏した。
「この曲は明るくていいな。アラムの宴の余興にも、ぜひ入れてもらいたい」
 ゆっくりしていくと良い、というネイサンの誘いを断って、岳俊は一座の仲間と帰っていった。

 岳俊のもたらした書状は、ネイサンを通じて皇帝の元に届けられた。
 白玲を窓口にして月蛾国との交渉の道を確保したいという、蒼海殿下の意図はわかる。しかし、この提案は陽帝からのものではなかった。
「陽帝陛下に直接お会いしたことはありませんが、双子とはいえ、蒼海殿下とは必ずしも同じお考えをお持ちではないと思います。お立場上かもしれませんが、陽族至上主義者だという噂も耳にしたことがあります」
 皇帝のお召しで久しぶりに参内した白玲は、宰相やタミア官房長を前に、大神殿や蒼海学舎で聞き知った暁光山宮の事情について話した。

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