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"あの時の自分"を忘れないためにある本について

芥川龍之介は「何か僕の将来に対する唯ぼんやりとした不安」から35歳で自死した。自死に至らなくとも、将来への根拠のない不安は自分にもある。学生時代より、会社組織の一員になった今の方がその不安は強まった気がする。

こども家庭庁が13-29歳までの男女を対象に行った調査において、悩みごと・心配ごとの上位3項目は以下の通りだ。

  • 自分の将来のこと(76.4%)

  • お金のこと(72.2%)

  • 進学のこと(69.1%)

https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/d0d674d3-bf0a-4552-847c-e9af2c596d4e/3b48b9f7/20240620_policies_kodomo-research_02.pdf

それでいて、心配していないことの最上位は「友人や仲間のこと(64.8%)」だそうだ。そのままの意味で取るのであれば、友人関係の悩みがないハッピーな世の中である。

穿った見方をする。表面的な付き合いが増えた結果の"悩み"の無さや、アンケート回答結果による何らかの介入を恐れ友人・仲間への悩みは"なかった"ことになっているのではないか。

自身のことを思い返すと、確かに友人・仲間への悩みは"ハッピーな意味で"なかった。しかし、思い悩んだ時、将来を左右する決断をしなければならないときは、独りで悩んできた、と思う。

本業でミスをして、複業の締切に追われ、家に着いているのに車から降りられない。疲れて家が荒れていくが、玄関から布団へ直行する。「ああ、やらなくちゃ……」と思いつつも、3時間後にアラームをかけ、YouTube動画を睡眠導入に眠る。「このままでいいんだっけ」とふと思う。

頭ではそれでもやるのが社会人だとわかっている。「神は乗り越えられる試練しか与えない」らしいし、自分の"ぼんやりとした不安"なんて、実際生きていられなくなるほどじゃないのだ。

それでも、現状を選んできたのは自分の意志である。「何者かになりたい」と思い、行動を選択してきた。日々の生活の中で、決断をしたあのときの気持ちが削れていってしまう。

そんなときに、自分でえいやと奮い立ち、なんとか手を動かすことができればいいが、そんなに自分は強くない。

だからこそ、そのときの気持ちを、決断を物として手元においておくのだ。決意を物質化したような本が自分にはある。

涼宮ハルヒの憂鬱

大学進学のため、地元を離れるフェリーに揺られていたときにアニメで涼宮ハルヒの憂鬱/谷川流 を見た。その後原作を買い、今でもあのときの「誰も自分のことを知らないまちで、自分次第で何者にでもなれるんじゃないか」という期待と不安。「ないならつくればいいじゃない」と傍若無人で常識人なハルヒが言う。地球上に人間は途方もない数がいる、自分はちっぽけな1人でしかない。小さな自分を自覚したうえでどうするか。クオリティが低すぎる映画も、閉鎖空間での超体験も、動かなければ起こらなかったのだ。では、"涼宮ハルヒではない自分"が失敗や失敗した自分を見る他人の視線を恐れて何も動かなかったら……そりゃあ何にも起きない。あの時に感じた"当たり前の感覚"を思い出させてくれる。

「できない」を「できる!」に変える

「できない」を「できる!」に変える:スーパー公務員・木村俊昭の人と地域を元気にする仕事術/木村俊昭 は、高校2年の時に読んだ本だ。内容自体は今から考えると少し古い事例集と自己啓発である。自分のお気に入りは、序盤に掲載されている小樽市役所時代の木村さんの写真である。長机に大量の資料を積み、真剣な面持ちでペンを握り仕事をしている木村さんの写真だ。実際にどのように撮られた写真かはわからない。しかし、この写真からは「信念があるのなら、1人でもやる」という強さを思い出させてくれる。たとえ他人からそんなの無理だ、と言われても、良くなるために現実と向き合い、実現のための手段を考える。自分が評価されたいという欲を超え、社会や生活者のためにやる。「自分もそんな仕事をしたかったのだ」と、仕事中の自分はこんな顔ができているのだろうかと、自分を客観的に見つめ直す。

マイパブリックとグランドレベル

マイパブリックとグランドレベル/田中元子 は、地元の書店で購入し、進学して初めて通読した本だった。まちづくりや建築の棚に並ぶことが多い本だが、自分は哲学や生き方の話をしていると読んだ。都市計画家に対して、「目の前に落ちているゴミを拾わずして何がまちづくりだ」(ここには鎌田の意訳が含まれている)といった発言をする田中さん。そして実際、田中さん自身は"拾う"のだ。実践家であること、実務家であること、現場にいること。頭で理屈を捏ねても、実際には何も変えられない。自分で考え、こう生きたいと思えることを素直をやってみればよろしいのだ。シンプルにやってみて改善していけばいい。"小さな自分"だから実践しなければ、何も変わらない。"小さな自分"だから、実践しても変わらない。なら、実践しない理由はあるか、いや、ない。

本を読んだからといって、ぼんやりとした不安がなくなる訳じゃない。ただ読んでいた時、そんな不安に立ち向かおうと思えた。

いつも忘れていってしまう決意である。
だから、無くならないものに思いを留める。
別に読まなくたっていい、表紙を見るだけでも思い出せる。

不安はなくならないものだ。
でも、それを乗り越えられたときもある。
"不安を乗り越えられた自分を忘れない"ために、本を手放さない。

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