【第3話】調査する国・地域の回答傾向や特徴を把握しよう
グローバル市場でのマーケティングリサーチ(以下、グローバル調査)のプロセスや重要ポイントを解説する本連載。前回は、二次データやエキスパート調査などを活用した、対象国・地域の市場の概況を把握する方法について解説しました。
今回からは、企業の皆さんが自社の商品やサービスなどに関する一次データを得るために実施する消費者調査を行う際のポイントについて解説していきます。いわゆるアンケート調査やインタビュー調査などが主要なものです。
教科書的にご紹介するのであれば、通常は調査のプロセスに沿ってまず「調査票の設計」を解説することになりますが、より良い調査票を作成するためには、調査結果(データ)の傾向を踏まえておく必要があります。特にグローバル調査では、国内(1カ国)での調査よりも、この傾向性を考慮することが重要です。そこで、今回はまず、主にアンケート調査の回答結果に関するトピックをご紹介していきたいと思います。
1. グローバル調査の結果の解釈について、よくいただく質問
グローバル調査では、調査結果について以下のような議論になったり、質問をいただいたりすることがあります。
ケース1は複数国間における調査結果の比較について、ケース2は単純集計からでは傾向が読み取りにくい複数回答質問についてです。
いずれも難問ですが、どう考えたらよいでしょうか。
2. 調査結果のスコアに影響を与える要因とは?
前節の問題を考えるため、少し根本的に、アンケート結果に影響を与える要因を整理してみましょう。
日本の世論調査における「内閣支持率」をご想像ください。内閣を支持しているか否か?という質問は、回答する側も問われている内容は非常に明確だと思います。しかし、実際には世論調査を実施する新聞社やテレビ局などによって、結果がずいぶんと異なるという話もしばしば耳にします。最近でも、岸田内閣発足直後の昨年(2021年)10月の世論調査で、P社調査では支持率59%、Q社調査では45%…といったように、大きな違いが見られました。同じ内容を、同じ時期に調査しているはずなのに、なぜこのような違いが生まれるのでしょうか。
一般論として、調査結果のスコアが実施する調査によって異なる場合の大きな要因の1つは、「調査の実施条件」の違いです。例えば、年齢や居住地といった回答者属性の違い、オンライン調査なのか電話調査なのかといった調査方法の違い、調査実施期間・タイミングの違いなど。また、別の大きな要因は「質問の仕方」、さらに「調査の運用方法」が挙げられます。
(ちなみに、上記の世論調査結果の違いは、各社で「調査の実施条件」「質問の仕方」の細かい違いもあるでしょうが、特に「調査の運用方法」(重ね聞きの有無など)がスコアに影響していると言われます。詳細は下表を参照)。
そして、グローバル調査においては、上記に加えて留意しないといけない点として、「国ごとの回答傾向の違い」という要因もあります。
例えば、「とても不満・不満・どちらとも言えない・満足・とても満足」のような5段階評価などの質問において、日本人は「どちらとも言えない」などの中間選択肢を選びやすい傾向があるとしばしば言われます。このような、ある集団におけるアンケート回答の特性・癖のようなものを、ここでは「回答傾向」と呼ぶことにします。
(なお、回答傾向の問題はグローバル調査に限らず、日本など「1カ国調査」においても生じ、例えば年齢層による回答の仕方の違いなどがあります。)
3. 多国間調査の事例で見る、実際の回答傾向の例
多国間で実施した調査のスコア差について、ここでは実際の調査結果を使って解説していきます。調査は、マクロミルと東京大学が共同で行っている多国間の回答傾向に関する研究で、日本を含む8カ国で調査を行いました。
▎ケース1:「尺度で評価する質問」の例(単一回答)
自分の性格について尋ねた質問のうち、2問の結果を示します。
前述のケース1のように、程度を段階で選ぶ単一回答形式(リカート尺度)の例です。この設問は心理学においてパーソナリティを測定する際に用いられる「ビッグファイブ」の項目を使用しています(Goldberg, L. R. (1999), Goldberg, L. R et al. (2006))。
わかりやすいように、単純にスコアの大小で見ていきましょう(話を簡単にするため、統計的な誤差などは一旦置いておきます)。
まず、「想像力が豊かである」への結果を見ると、日本では「とても当てはまる」が14.3%と8カ国中で最も低く、逆に「全く当てはまらない」「あまり当てはまらない」が共に最も高くなっています。他国のほうが総じて想像力に対する自己評価がポジティブで、特にインドネシアでは80%以上が「当てはまる計」となり、「当てはまらない計」は5.3%と非常に低くなっています。
また、日本ではアメリカ合衆国に次いで「どちらでもない」がやや高くなっています。
対照的に、「すぐにストレスがたまってしまう」の結果では、日本の回答は「当てはまる計」に寄っており、こうした場合では日本の回答も「どちらでもない」はそこまで高くありません。質問の内容によっても、回答傾向は一概には結論づけられない点は留意しておく必要があります。
いずれにしても、自分のパーソナリティの認識も、日本とは自己評価の分布の異なる国が多いことがわかります。
▎ケース2:「複数回答形式」設問への反応の例
ケース2は、調査データの形式で言うと「複数回答形式」設問です。「当てはまるものを全て選んでください」という形式の設問です。
ここでは、それに対応する調査結果の例として、「あなたは日常生活の中で、どんなことを大切にしていますか」という価値観の質問の結果を見ます。これは、全18個の選択肢から回答者が自分に当てはまるものをいくつでも選んでもらうものです(選択肢は「世界が平和になり、戦争や諍いが無くなること」「自分自身が自由であること」「親友と呼べる人がいること」といったものです)。
図には、1つ1つの選択肢に対する結果(%)ではなく、「この18個の選択肢の中から回答者が何個選択したか」という「個数の平均値」を国別に掲載しています。
日本では1人あたり平均5.3個が選択されました。他国の結果を見ると、アメリカ合衆国以外では日本より多くの選択肢が選ばれています。インドが最も多く7.8個、東南アジア諸国でも7個以上が選択されています。
このような複数回答形式の質問で、比較的多くの選択肢がチェックされやすい国の場合は、特にケース2のような問題が発生しやすくなります。
4. まとめ
今回ご紹介したデータは、グローバル調査における国・地域別の回答傾向の一例に過ぎません。対象者の属性、質問項目の内容や質問方法などによっても傾向は異なるため、一概には結論づけるのは難しいところです。
しかし、筆者がこれまで関わってきた多くのグローバル調査でも、非常に単純化して言えば、ヨーロッパ諸国は相対的に中庸な回答が見られ、対照的に東南アジアや南アジア、あるいは中南米諸国などでは強い意見表示(とても~だ/全く~ない)や、複数回答でも多くの項目にチェックしやすい傾向が見られることが多いです。こうした回答傾向の違いをもたらすものとしては、文化、価値観、言語などいろいろな問題が背景にあると考えられます。
いずれにしても、こうした複数国間の比較において悩ましいのは、発生した回答結果の違いのどこまでが「本当に実態が異なるから」で、どこまでが「回答傾向が異なるから」なのか、その影響力の判別が難しい点です(しかも、これら以外にも、様々な調査実施上の制約から第2節で見たような「調査実施条件の違い」「運用方法の違い」などが発生せざるを得ない場合もあります)。
では、このような違いがあることを踏まえた上で、グローバル調査での調査票作成はどのような点に留意して行えばよいのでしょうか。次回はケース1・2への対応などの点について見ていくことにします。次回もどうぞご覧ください。
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