小説|A Ghost of Flare. #2
* * *
『斎篁先輩、今日は出ました?👻』
『おん👻』
毎晩恒例となった後輩からのラインに写真付きでいい報告(?)ができたことで、篁はすっかり満足していた。
『え、ちょ、やば』
『呪われてる』
『お祓いしよ』
鳴り止まない通知音を無視しながら、篁は揚げたての唐揚げを頬張っている。
やはり唐揚げは揚げたてが一番美味い。
(やっぱりこん家、誰かはおるがじゃな)
怪奇現象を奇跡的な見逃し率で潜り抜けてきた篁だったが、この首についた物騒な手形のような痣だけは見落とすことはなかった。
ちょうど前から首を締め上げられたかのように、首の前に親指、後ろに四本の指の痕がくっきりと残っていたのだ。
(ほうじゃ……)
篁はいいことを思いついたと膝を打って立ち上がり、ダイニングボードから一枚の小皿を取り出した。
「おまさんも食べや」
唐揚げを一つ皿に乗せてやる。
「…………」
カチカチカチ。
時計の針が時間を刻む音だけが耳に届いた。
「……もう、えいかの?」
たった今置いたばかりの唐揚げだが、この後のことを考えていなかった。
「捨てるわけにもいかんき」
パクリ。
お供えというにはあまりにも短い時間だ。
こうして全ての唐揚げは篁の腹の中に入って行った。
そうこうしてる間も後輩からの通知は止まらない。
『斎篁先輩、無事ですか?!』
『返事して』
『お願い😭』
* * *
新しい入居者が入ってきたことはすぐにわかった。
荷物の量が尋常じゃないことも、すぐにわかった。
「おい、ざけんな。普通は内見とか色々手順を踏むだろうが」
運命のループに縛られていた魂が、突然自由になった。
見えていた景色の上に次々と重なる現実。
新しい借主はやたら元気な高知訛りの男だ。
「よりにもよって同郷かよ」
少し前にも誰かがこの家に住んでいた気がする。
すぐに出て行ったようだが。
そういえば、今何日だ?
「荷物の運搬は以上になります。ご確認いただけましたらこちらにサインをお願いします」
引越し業者の男が差し出したバインダーをチラリと盗み見る。
令和、五年。
元号が変わっている。
「ありがとうございました」
引越し業者が引き上げると、篁とかいう男は荷解きを始めた。
衣類と書かれた箱から鍋が出てきたり、食品と書かれた箱からは地球儀が出てきたりしたが、記憶力がいいのか勘がいいのか、探し物を的確に探し当てている。
三時間ほどかけて必要な分の荷解きを終えたのだが。
「ごちゃごちゃ運び込みやがって……」
出来上がったのはガラクタばかりの部屋だ。
篁がこの家に住み始めて一週間が経つ。
こいつはいつも四角い機械みたいなものをいじっている。
最初はこれが何かわからなかったが、どうやら携帯電話らしい。
『斎篁先輩、もう出ました?👻』
ラインというメールみたいな機能を使ってやり取りをしているが、よく見る名前はこいつとあと二人。
そうか、ここは事故物件になったんだな。
おれが死んだ後も他殺や不審死が相次いだらしいが、それは単なる偶然だろう。
それよりも。
カタン。
部屋のあちこちで鳴り止まないこの音。
ループから抜け出せない魂の残骸が今も自殺を繰り返している。
「何も出ん👻」
煩わしい音だ。
数日後、篁の友人らしい男が二人がやってきた。
一人はビビり倒しているが、もう一人はイキってるのかやけに強気の発言が目立つ。
「おれもう十日も住んじゅうけんど、今んとこ物音ひとつ立っちゃあせんき大丈夫じゃ」
ウソつけ!
おれでも参ってるこの音にどうして気付かない。
「じゃ、じゃあ、さっきから聞こえてる音は何だよ?」
ビビリには聞こえてんのか。
恨みがましい奴なら、ここで脅かしてやろうとか思うのかも知れないが、おれにとってはどうだっていい。
こいつらがビビろうが、ビビってちびろうが──。
「俺は幽霊が本当にいるなら会ってみてぇわ」
は?
イキリが何か言っている。
「どうせ生きてる人間に対しては何も出来ねぇんだろ?」
前言撤回だ。
このイキリがビビってちびるまで徹底的に追い詰めてやる。
カタン。
篁が風呂に入っている間、リビングでひとり死の音を聞いていた。
おれが最期に聞いた音。
絶望を断ち切る音。
篁は、家ではいつも機嫌よく鼻歌を歌っている。
この音が届くことはないのかも知れない。
生きてりゃよかったとは思わないが、誰にも見つけてもらえないのは結構キツい。
生きた証なんてものは残せなかった。
大したことは何もしていない。
この音は、おれがここにいるという合図だ。
カタン。
風呂から上がった篁は、リビングのテーブルに放置されていた携帯電話を手に取ると、すぐに寝室へと向かった。
何をしているのかはわからないが、起きている間中ずっと携帯をいじっている。
今は動画を見ているらしい。
リビングと寝室を隔てている引き戸には乳白色の磨りガラスが入っている。
引き戸の影から寝室の様子を眺めているが、よく考えたら磨りガラス越しの人影ほど怖いものはないな。
どうせこいつのことだからこれも見逃すのだろう。
暫くすると、すやすやと寝息が聞こえてきた。
腹が立つほど健やかな寝息だ。
おれは篁のベッドの傍へ行き、寝顔を覗き込んだ。
初めはおれより少しだけ年上かと思っていたが、前髪を下ろすと年下のようにも思えてくる。
「なぁ、起きろよ」
届くことのない言葉をかける。
「起きねぇと連れてっちまうぞ」
ふと、よくない考えが浮かんだ。
こいつが死んだら、おれのこと──。
おれはベッドで眠る篁の上にそっと跨り、その首に手をかけた。
* * *
(続く)