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ショートショート|死神のカルマ

 世界はいつだって噛み合わない。
 先ほど何度目かの自殺に失敗した男が、今朝の朝刊の『XX902便墜落』の文字を見て嘆いていた。

 話によるとこの男、昨日この便に乗るはずだったのだとか。

「どうしてこの世は死にたがりばかりが生き残る運命なんだろうか」
「さぁなぁ……」

 新聞を広げ朝食を摂っていたオレは、新聞の題字のすぐ下にある〝今日の死亡者見込み数〟の欄に目を通しながら冷めた珈琲を飲み干し立ち上がった。針のない振り子時計が朝七時を告げる。

「死にたがりの死神なんざ聞いたことねぇな」

 テーブルに突っ伏したまま何か呻き声をあげている男の頭を小さく畳んだ新聞紙でポスッと叩く。男は頭に手をやり新聞紙を受け取った。

 オレたちは死神だ。死神といっても夜道で人間たちを死に誘うわけでも、病室のベッドの傍に立ち死を告げるわけでもなく、普通の人間と同じように寝起きをし、食事をし、生活をしている。

 死神は通常二人で行動する。一人は死に際に難を与え、もう一人は安らぎを与える易の役割を担っているのだが……。

「真っ当に生きてきた罪のない人間の最期に難を与える僕の気持ちなんて、君には一生わからない!」

 この男は己の役割に嘆き悲しみ抜いた挙げ句、自分など居なければいいのだと、何度も意味のない自殺を図っていた。

「仕方ねぇだろ、どんな最期を迎えるかは過去世と結び付いてんだ。因果の道理だ」
「そんなことは知ってる! 死に際の人間の走馬灯は僕らにも見えるからね!」

 死の直前、どの人間も己の生涯をフィルム映画のような映像で振り返るが、オレたちはその人間の死が決定された直後と死の直前の二回、それを見ることとなる。一つ前の前世の業も同時に映し出され、過去世の業と今世の業を合わせた二つの業因によって難か易かを決定する。

「僕は……魂は平等だと思っている。頭ではわかってる。これは業だ。どっかの死神によって難を与えられた。……昨日の飛行機、僕のキャンセル分はすぐに売れてしまったんだ。買ったのは今世ではなにも悪いことなんてしていない優しい普通のサラリーマンだ。まだ若い。二十九だ。二十九年の優しさに溢れた人生の最期が……もっと……どうにかできなかったのか……」

 首にくっきりと縄の痕をつけながら涙声で話す死神を見下ろす。

「なら、お前がそいつの過去世で犯した罪を許してやれ。オレはお前みてぇに優しくねぇから同情なんかしねぇ」

 オレはテーブルに置かれた新聞紙の天気予報欄に視線を移し「今日は雨か」と溜め息を吐いた。雨の日はこいつの仕事が増える。

「ほら、さっさと支度しろ」
「……うん」

 立ち上がりゆるゆると支度を始める男を眺めながら、柄にも無く慰めの言葉なんかを探してしまった。
 毎日のように辞めたいと呟き、己の罪に苛まれ自死を繰り返すこいつには、どんな言葉なら届くのだろうか。

「仕方ねぇんだ、どうにもできねぇんだよ……」

 これがオレたちの過去世を清算する唯一の方法なんだからな。
 それに、お前もオレも、誰も終わり方を知らねぇじゃねぇか。


あとがき

シリーズ化したいな、この死神たちのお話。

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