リスキリング疲れ
「やる気スイッチ」が見つからない
6月23日付記事(「出社したくないほんとうの理由」)で、日本のワーカーの「ワーク・エンゲージメント」が世界最低水準という新聞記事を紹介したが、これをさらに裏付ける調査を発見した。2022年11月にパーソル総合研究所が公表した調査レポート「グローバル就業実態・成長意識調査(2022年)」がそれなのだが、アジア・欧米18カ国の就業者を対象としたこの調査結果がなかなかにすさまじい。
以下かいつまんで内容を紹介すると…
① 管理職になりたい→最下位
② 会社で出世したい→最下位
③ 働くことを通じて不幸せを感じている→16位
④ 働くことを通じて幸せを感じている→最下位
⑤ 現在の勤務先で継続して働きたい→最下位
⑥ 他の会社に転職したい→17位
⑦ 会社を辞めて独立・起業したい→最下位
⑧ 勤務先以外での学習や自己啓発を何もしていない→1位
⑨ 勤務先以外での学習や自己啓発への投資をしている→最下位
いやはや、すごいですなあ。ほぼ最下位のオンパレード。まず上昇志向が薄い(①②)。働くことに特に幸せも不幸せもを感じない(③④)。今の会社で働き続けたいとは思わないが転職や独立・起業する気もない(⑤⑥⑦)。会社外での自己啓発に取り組んでいないしその意欲もない(⑧⑨)。
とまあ、一言でいうと「やる気ありませーん」というのが今の日本のワーカーの実態のようだ。
まあ、自分もサラリーマン時代には「ものぐさ太郎」を自称していた口なので、この結果をもって世の勤労者諸氏を非難する気は毛頭ないのだけれど、とはいえこれだけ「兵」に厭戦気分が横溢しているようでは、そりゃあ日本企業の国際競争力も落ちますわなあ。
企業戦士、いまいずこ
そういえばイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)が1980年にリリースした”TIGHTEN UP “という曲では” Japanese Gentlemen Stand Up Please!”と連呼されていたし、1989年の栄養ドリンク「リゲイン」のCMソング「勇気のしるし」でも
「アタッシュケースに勇気のしるし はるか世界で戦えますか
ビジネスマ〜ン、ビジネスマ〜ン、ジャパニーズビジネスマ〜ン」
と歌われたように、かつて80年代まで世界を席巻していた日本の「企業戦士」のことを思い起こすと、この調査結果は隔世の感がある。
三位一体の労働市場改革
さすがにこれではいかんということなのか、岸田政権が打ち出したのが、
①リスキリングによる能力向上支援
②個々の企業の実態に応じた職務給の導入
③成長分野への労働移動の円滑化
の3つをセットにした「三位一体の労働市場改革」である(骨太の方針2023)。
リスキリングを通じた個々の労働生産性の上昇を、転職を通じて産業構造の高度化を伴う形で経済全体の生産性向上と賃上げにつなげていく。そのためには雇用・給与制度を年功序列的な職能給から職務給(ジョブ型)に変えていくことが必要だ、ということで確かに理屈としては筋は通っている(とはいえその結果として政府の言う「構造的な賃上げ」につながるのかといえばそこは私にはよくわからないのだけど)。
しかし、問題は前述のパーソル総合研究所の調査で明らかになった日本のワーカーの「やる気のなさ」だ。「①リスキリング」と言うけれど、学習や自己啓発に関する関心や意欲がそもそも低いし、「③労働移動」についても、転職や独立・起業への意欲も低い。これでは政府がいくら笛を吹いても誰も踊らないんじゃないか。で、なんでこんなにやる気がないのかというと、その原因は前記事でも述べたように「メンバーシップ型雇用」にあると筆者は考える。
メンバーシップ型雇用では職務が明確にアサインされていない、というかどんな仕事に従事させるかは会社が決めることなので、そもそも社員が特定のスキルを磨こうというモチベーションが生じない。例えば経理部門に配属されれば「簿記」というスキルが必要となるかもしれないが、営業をやっている社員が経理部門に異動するかもわからないのにわざわざ簿記を学ぼうとは思わないだろう。逆に不動産屋における宅建のように会社が業務上必要と認めるスキルは、会社の命令で(会社の費用持ちで)学ばされる。つまり、メンバーシップ型ではスキルの習得は基本「受け身」なのである。
メンバーシップ型に求められるのは「こなすスキル」
メンバーシップ型で求められてきたのはジョブ・ローテーションに応じて複数の業務を幅広くこなせるジェネラリストであり、専門的な特定のスキルを持ったスペシャリストではない。シニカルに言えばメンバーシップ型で求められるのは「なんでもそこそここなす」スキル(社内でしか通用しないスキル)であった。
しかし、終身雇用が前提のメンバーシップ型ならそれでもいいが、専門的なスキル(社外でも通じるスキル)を持たない人材は転職や独立・起業がそれだけ難しくなる。よって「③労働移動」への意欲も高まらない。
つまり、政府の言う「三位一体の労働市場改革」はまずは「②職務給の導入」、すなわちジョブ型雇用への転換から手をつけなければならないということになる。しかし、メンバーシップ型かジョブ型というのは個々の企業が決めること(骨太の方針でもわざわざ「個々の企業の実態に応じた職務給の導入」と記されている)なので、政府が号令をかけてもそれで簡単に変わるわけではない。
骨太の方針でも
とされているように、「年内に事例集をまとめる」と、なかなか悠長なことをおっしゃっている。それだけ簡単なこっちゃないということなのだろう。
リスキリング疲れ?
しかし、自ら「三位一体」と称しているように、この3つの施策は同時進行で進めないと効果がない。にもかかわらず現状は残念ながら「①リスキリング」だけが先行するかたちとなっている。しかし、考えてみればわかるように、「全社員を対象にDX研修を実施しま〜す!」といくら企業が意気込んだところで、自分がDX関連の仕事(そんなものが社内にどのぐらいあるのかもよくわからんけど)に就くかどうかもわからないのに、ただでさえやる気のない社員の「やる気スイッチ」が入るとは思えない。
スキルは「習得するだけ」では価値を生まない。習得したスキルが実際に使われて初めて意味がある(企業にとっても従業員本人にとっても)のであり、その実地の手応えへの期待感こそがなによりも大事な「やる気スイッチ」なのだ。だからこそスキルベースで職務をアサインする「②職務給(ジョブ型)への移行」こそがまずは必要となるはずなのだが…。このままでは「リスキリング疲れ」でますます社員の「やる気」がなくなってしまうんじゃないかと心配になる。
【参考文献】
□□□□□□
最後までお読みいただきありがとうございます。もしよろしければnoteの「スキ」(ハートのボタン)を押してもらえると、今後の励みになります!。noteのアカウントをお持ちでない方でも押せますので、よろしくお願いいたします!