「ショーケースのパン」
笑顔と明るい声は
私と縁がない。
東京・大手町、オフィス街のビル地下
私は
パン売り場の売り子。
ご注文は
30円のお返しです
ありがとうございました。
最低限、必要最小限の音量で声を出す
顔、表情は変えない
男―、少ないが女―
白髪頭も、ツルッパゲも
寝ぐせのついた剛毛男も
私に
目を合わせることはない
ケースの中の総菜パンに目を落とすくらい。
「おはよう」
と
やや甲高い明るい声をかけてくる客
そういうのも、いることはいる
私は黙礼するだけ
面をほんの少し傾げるだけ
客から少し冷めた空気が伝わる。
「う~ん、と…」
客、何にしようか迷う
10種ほどしかない総菜パンから何を選ぶのか
迷うほどのことか
私は
表情は変えないが
イラッ
とした感情を持つ。
「やっぱり、がっつりめんたいスパドックとカツで…」
総カロリー、1000を超えるよ、あんた
食べすぎだよ
能面の私は
思う。
「えーっと、1000円で」
はい
私は小声でつぶやく
いちいち口から言葉を出さないでほしい
私、疲れちゃう
朝6時半から働いてる。家は5時過ぎに出てるんだ
省エネのまま一日終えたいんだ
感情のある言葉
意味のある言葉
出さないでほしい。
340円お返しです
客は釣り銭を手の上で数える。
「うん。ありがと」
私は面を少し傾げ
客の気配が消えるとほっとする。
感情を乗せてくる客は
少数だが、存在する。
みんな、私を
機械だ
と
思ってくれればよいのだ
機械以上のことも
以下のことも
私はしない
その自信だけはある。
私は今日も
総菜パンを売る。