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温かい死生観に救われる|『川っぺりムコリッタ』
『かもめ食堂』『めがね』の荻上直子監督の最新作『川っぺりムコリッタ』を観に行きました。個人的に少し久しぶりの鑑賞となった荻上監督作品だったのと、予告編から食事シーンがあると分かっていたので、とても楽しみにしていました!(このnoteでは映画に登場するごはんを集めています。マガジンはこちら)
温かい死生観に救われる
荻上監督の作品は一見ほんわかしたように見えて、実は死生観を素直に突きつける監督だと思っています。過去作品でもふんわりとそれを感じ取っていましたが(『トイレット』などは特に)、本作『川っぺりムコリッタ』は、家族を亡くした者たちと、孤独死や無縁仏など、今日の社会問題とともに今まで以上にストレートに描かれているような気がしました。
わたしは、生きることを描くことは同時に死ぬことも描いていると思っていますが、荻上作品に漂う「温かい死生観」がとても好きです。
家族や友人だけではなく、偶然に集まった「はみ出し者」がそれぞれの距離感で支え合う。そして自分たちのやり方で死を受け入れ、弔っていく。
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監督は無縁仏に関するNHKのドキュメンタリーを見たのがきっかけと話していますが、わたし個人としても、さまざまな社会問題の中で特に孤独死に関心を持っていたので、荻上作品で改めて考えるきっかけになったことが嬉しかったです。
ムコリッタとは「牟呼栗多」のことで、仏教の時間の単位のひとつ(1/30日=48分)を表す仏教用語で、ささやかな幸せなどを意味するそう。声に出して言いたい日本語。これからスローガンとして心に掲げておきます。
食べることは生きること
食べることは生きること。そして生きているものはいずれ死んでいく。それを感じるのは、やはり荻上監督の作品に食事シーンが多く登場するからかなと思います。(あと本作では川が近くにあることも、それを感じる一因かも)
松山ケンイチさん演じる山田が、給料日にやっと米を買い、炊きたてのごはんの香りを嗅ぎ、噛みしめるシーン。すごく生きている!(生かされていると言うべきか)
漬物とイカの塩辛と味噌汁の素朴なごはんですが、隣人の島田を演じるムロツヨシさんが白米をかき込む様子が見事で、とにかく美味しそう!
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荻上監督『めがね』で描かれていた、誰かと一緒に行動したり生活していく様子が実は少し苦手でした。ただ本作では、登場人物たちの心地いい関係性の描き方がちょうどよく、「誰かと一緒に食べる食事」の大事さについて素直に捉えることができました。
▼▼『川っぺりムコリッタ』に登場するごはん▼▼
炊きたてのごはん/風呂上がりの牛乳/イカの塩辛/庭で採れた野菜(トマト、きゅうり)/すき焼き/アイス/ふぐ刺しについて(台詞のみ)
先ほども触れたように、炊きたてのごはんがこれ以上ないくらい幸福感を持って描かれます。ムロさん演じる島田が、山田に向かって「山ちゃん、ご飯を炊く才能あるよ」と言いますが、これは最高の褒め言葉に思えます。
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この食卓に並ぶのが、庭で採れた野菜の漬物(島田の手作り)と、山田が働く工場でもらってくるイカの塩辛。ふだんイカの塩辛なんて食べないのに、映画を見た後にKINOKUNIYAで小さいイカの塩辛を買って帰りました!パンフレットにはイカの塩辛(黒作り)のアレンジレシピが掲載されていて嬉しい。
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中盤でとっても贅沢な食事シーンとして、すき焼きが登場。吉岡秀隆さん演じる、少し不思議なお墓売りの自宅にみんなで転がり込んで、気づけばわいわいした食卓になってしまったところが微笑ましい。肉なんて食べてこなかった山田と島田のもとに、突然の高級肉!焼肉じゃなく、すき焼きというチョイスが贅沢感をさらに感じます。
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吉岡さん演じる溝口が「食べたいもの」を想像して、息子に語りかけるシーンがあるのですが、そこで語られるのがふぐ刺しです。ここではふぐ刺しの映像は出てこないにも関わらず、吉岡さんの演技力も相まって、食欲を感じさせるシーンでした。
昔は墓石もよく売れていい生活をしていたのかもしれない。捉えどころがないキャラクターでもありますが、監督によるとこの溝口親子は『どですかでん』に登場する貧しい親子をイメージしているそう。なるほど!(インタビューはこちら)
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ハイツムコリッタの住民の生活は、危なげで決して安定しているとは言えない。まさに台風が来れば流されてしまうように。とくに島田が言う「ミニマリスト生活」はきちんと社会保障を受けられているだろうか、と勝手に心配をしてしまいますが、どんな人も好きな生き方をできることが重要で、不器用ながらも生活していく様に、この映画は今後とても自分の支えになると思います。
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