湿度を感じる映画が好きだ
最近、映画を表現する感想として自分の中でしっくりくる言葉がある。それは「湿度」。温度ではなく湿度。温かさを感じる良作はたくさんあるけれど、「湿度」を感じる映画はまた格別にいいと感じる。
湿度といえば、空気中にふくまれる水分の量のわりあいのこと。湿度60%以上ではカビの心配をされ、湿度40%以下では乾燥しすぎと言われ、現実世界での湿度はやっかいな扱いをされること多い気がする。しかしこの難しい湿度を映画の中で感じられると、その映画は一気に生き生きすると思っている。
気持ちよさや不快感は、その時の空気(空気感ではなく、文字通り吸って吐く空気)に大きく作用されると思って、それは生きていく中で自分も経験することが多いから、湿度をうまく捉えて描く作品に魅力を感じるんだと思う。自分もその作品の中に入ったような感覚を味わえるのかも。
季節によって湿度は変わるし、国によって感じる湿度の違いがあるのも面白い。よく耳にするアメリカのカラッとした湿度のない暑さも魅力的だが、アジアに住む者として、やはりアジア映画の湿度は身近で安心する。よい湿度を感じる映画はたくさんあるが、今思いつく作品を挙げてみる。
日本の湿度
『海街diary』『歩いても 歩いても』など是枝裕和監督作品は、心地よい日本の夏の湿度とともに、静かだけど温かな眼差しで家族の情景を切り取る。少し動いただけで汗が出るような日本の夏でも、是枝作品は爽やかな風を感じる。
『海街diary』のしらす丼やちくわカレー、『歩いても 歩いても』のとうもろこしのかき揚げや枝豆とみょうがの混ぜ寿司など、夏らしさを感じる食事が登場するのも嬉しい。
新海誠監督は雨や水を印象的に描く。『天気の子』はもちろん天気のお話なのだけど、『言の葉の庭』は雨を通して感情を描くところが面白いなと思った。雨が続く日はなぜか心も少ししっとりしてしまう感覚を思い出させるような。
うだるような夏の日、雨が続く日々に部屋に閉じこもる気持ち、冬の乾燥した空気を融かすホットココア。別の記事でもっと日本の湿度を捉える作品をまとめたい。
韓国映画の湿度
韓国映画は「じとっ」とする湿度が良い。
個人的に大好きなパク・チャヌク監督作品は毎度、素晴らしい湿度を感じている。彼の作品は人間関係に湿度を感じるのかもしれない。温かみや冷たさではなく湿度を持った関係性。新作の『別れる決心』もとても楽しみ。
湿度ではないが、『オールド・ボーイ』では生きたタコが出てくるのでヌメッと感も記憶に残っている。ポン・ジュノ監督『グエムル -漢江の怪物-』も同じく水分を含んだ不快感が印象的だった。五感を刺激する作品は、心がざわざわする。
ナ・ホンジン監督の『哭声/コクソン』は作品が纏う湿度がとんでもない恐怖を連れてくるのが印象的。音や描写で怖がらせるのではなく、「この場所はなんかやばい」という直感的な恐怖感は、あの湿度があってこそだと思う。
23年5月に『The Witch 魔女 増殖』が公開を控えるパク・フンジョン監督の『新しき世界』の湿度は色気を感じる。『新しき世界』はわたしの韓国映画ベスト1でもあるのですが、複雑な人間模様と彼らが選ぶそれぞれの未来に哀愁があり、そこにある湿度が好きだ。決して乾いていない。
香港の湿度
『エグザイル/絆』『ザ・ミッション 非情の掟』など、ジョニー・トー作品にはよくかっこよすぎる雨や、薄暗いシーンが登場するけれどジメジメした湿度はそこまで感じないかもしれない。むしろ静かなる覇気で熱気を帯びた空気という感じ。韓国でもリメイクされた『ドラッグ・ウォー 毒戦』は、韓国版の方がジトッとした薄気味悪さを感じる作品になっており、見比べてみるのもおもしろい。
対するウォン・カーウァイ作品は、その湿度が色気や艶やかさが香り立つような印象を持っている。言葉にすると潤いがあるとか、濡れているとか、そんな感じでしょうか。
Netflixのマイリストに入れている中国の作品『凱里ブルース』『鵞鳥湖の夜』などが未見なので早く観たいと思う。きっと良い湿度を感じるのではないかと期待してる。
アジアとはちがう湿度もおもしろい
アジアの作品ではないですが、まとわりつくような嫌な湿度を感じる作品として『ペーパーボーイ 真夏の引力』を思い出す。フロリダを舞台にスキャンダラスな人間ドラマは嫌な汗をかく。
映画で観るヨーロッパの夏は、芝生に寝転がってアイスを食べるような爽やかさがイメージとしてあるが、夏のギリシャで過ごす『ビフォア・ミッドナイト』のように、キャミソールドレスとサンダルで川辺を散歩したい。どんな夜の口論も、心地のよい夏の夜ならば許してしまいそう。
ギリシャの夏は日中の気温が30℃を超え日差しもきついそうですが、湿度は低く日本の夏の蒸し暑さはないそう。羨ましいかぎり。
いつか映画の中で見た、まだ訪れたことはない土地の空気感を感じてみたいと思う。