遠回しに言って伝える
横断歩道の信号待ちで、サラリーマンのおじさま二人がしきりに「遠回し」と言っていた。
おじさまA「遠回しに言ってやってんのに、何でアイツわからないんだろう」
おじさまB「遠回しに言っても、ダメなんですかね」
おじさまA「何度も遠回しに注意してんだけどねー、わかんないもんなのかね。全然聞かないんだよね」
遠回しに言う。
久しぶりに聞いたなぁ。この「遠回しに言ってるのに伝わらない」という文句。
忘れていた。
日本にはそういえば、遠回しに伝える文化があった。
遠回しは、相手を傷つけないために、露骨な表現を避けるというイメージがある。
これって最近廃れてきた文化のように思う。
先ほどのおじさま達は、相手にかなり気を遣っているのだろう。とても優しい。
私は心の中で思った。
「そんな伝わらない人には、はっきり言えばいい」「言葉に出してストレートに伝えるべき」と。
私は遠回しの表現を、あまり使用しないし、されなくなった。みんなそうでは?
どうしてなのか。
理由の一つはSNSの発達だろう。はっきり書いてなんぼ。
SNSと遠回しの言葉、相性が悪い。好まれない。
月が綺麗ですね、が、あなたを愛しています、とわかる人、どのくらいいるだろう。きっと少ない。
普通に遠回し表現が理解できない人、増えてきたように思う。
遠回しに伝えても、伝わらない人とは=行間が読めない人だ。ニュアンスが伝わらない人。
そんな人には、もう、はっきり伝えるしか道はないのだ。
そして、遠回しの表現で伝わる人は、行間が読める人。想像力が豊かだし、遠回しの表現はたった一回で伝わる。
例えば、以前バイト先であったが
「〇〇さん、荷物運んでくれた?ありがとう。でも腰をダメにしたら困るから、次から大変だったら、男性陣を呼んでね」
という先輩の一言。
私の場合は、行間をついつい読んでしまい「女性一人で重い荷物運ぶなって注意だよな」という側面もメッセージの中に見つける。で、次回からやめる。
しかし、人により「いえ!私、大丈夫ですので!」と張り切り、その次もその次も、ずっと重い荷物を運び続けるケースもあるだろう。
そうなると、先程のおじさま達みたいに、陰口を言われるんだ。
「運ぶなっていう意味で、言ってるんだけど」「怪我されたら困る」と。
私は、遠回しの表現をされた時、「あ〜この人、遠回しで言ってるな」と感じることも多く、察知のセンサーは働いているが、
そもそも遠回しの表現て、日常に生きる場面で、必要なのかな、と思う。
いい文化だけど、伝わらなくなっているのも事実。
そして、昔に比べてNoも言いやすくなっているし、受け取りやすくなっている。
「相手を傷つけないために、遠回しに伝える」がデフォルトの時代はとっくに終わった。それでも角を立てないことが、日本では大切なのかな。
行間がわかる同士だけのオプションということで、遠回し表現を使っていくのはどうだろう。急に日本語が高尚なゲームになる。
「月が綺麗ですね」