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<オススメ漫画>外薗昌也・作『エマージング』を今こそ読んでほしい。

 田島列島先生の『子供はわかってあげない』が映画化されることを知り、それをきっかけとして週刊モーニングで短期連載された作品の中に多くのすぐれた作品があるのでそれを紹介していくシリーズの記事を書こうと思っているうちにダラダラと時間が経ってしまった。

 まずはきっかけとなった『子供は~』の紹介から始めつつ、などと思って紹介したい作品をリストアップしていく中で、この作品こそ今再評価されてほしいというものがあったので、まずはそちらから。2004年に連載された、外薗昌也先生作による『エマージング』である。

 原作者・外薗昌也先生のYoutubeチャンネルで期間限定無料配信も開始されている。


2004年の黙示録

 『エマージング』のあらすじは以下の通り。

新宿で、ある男が大量の血を吐き、謎の死を遂げる。彼の検死をした小野寺と関口はその死因がウイルス性の感染症だと推測する。一方、女子高生・岬あかりは偶然その事件の現場に居合わせるが……。緊迫の医療サスペンス!!(講談社コミックプラスHPより引用)

大枠としては、日本原発の未知のウイルス感染症が発生し、もしもそのようなことが起こったらどうなるかという着想をもとに描かれたストーリーだが、今日新型コロナウイルスの感染拡大により発生している医療従事者への偏見・差別やネットを通じて流布された情報によるパニック(マスクが品切れしたドラッグストアに長蛇の列ができる描写もしっかりとある!)、公官庁内の指揮系統不全や政治的思惑の横槍と内部告発などの具体的エピソードが随所にちりばめられており、2004年当時にこれほどのリアリティをもって新感染症のアウトブレイクによるパニックを描いた作品が存在したことに、改めて驚きを禁じ得ない。

 現在、ドイツの国立感染症研究機関であるロベルト・コッホ研究所(RKI)が作成した「2012年防災計画のためのリスク分析報告書」が話題となっているが、『エマージング』はこの8年も前に描かれた作品である。

この事態に対処するマニュアルが日本には存在せんのですよ

 『エマージング』作中の厚生労働省感染症対策部課長・平山のセリフである(実際に厚生労働省にこういう名前の部署があるかは不明)。このセリフの後に続く平山の言葉を全部引用すると、

日本でしかも東京で未知の伝染病がアウトブレイクした!あなたならどうやって封じ込めます?グローバリゼーションのもとに世界中に張り巡らされた交通網 流通網 複雑化した政治経済システム そして巨大な情報ネットワーク……人や物の流れがそのまま感染経路なんですよ!日常生活そのものを誰がどこでどうやって止めるんですか?我々には――海外から侵入する感染症を水際で食い止めるマニュアルはあっても 国内で発生しアウトブレイクした感染症のマニュアルはないのです

と続くのだが、果たして今回の新型コロナウイルスは海外からの侵入を水際で食い止めることができず(2004年以上にグローバル化した2020年では、もはや水際で阻止することなど不可能であることが可視化された)、国内での感染拡大に至ったのが今日である。そこにマニュアルが存在したか?それは、皆さん日々の生活からよくよくご存知のことだろう。

 物語の結末としては〈フリークアウト的〉な登場人物の行動によって抗体が発見され、量産された血清の投与でウイルス感染が終息化するのだが、これも翻って現実を見てみたとき、あくまでも『エマージング』はフィクション作品であり、一定の結末を迎えることが必要であったからこそこのような形になったものの、現実の世界では…と考えたとき、感染症の恐ろしさを改めて感じるのである。

何が起きてもおかしくない

 結局はこれに尽きるのだが、現在至るところで起こっているパニックへの警告が既に16年も前に描かれていたこと、そして「事実は小説より奇なり」を地で行くようにこの16年の間に現実はさらに悪い方向に向かっていることを知る端緒として今こそ『エマージング』が読まれてほしいと私は思う。

 当の外薗昌也先生は、なかなかに胸中複雑なようだが…。


 最後に、コミックス巻末に掲載された医学博士・中原英臣先生による解説文の最後の一文をご紹介させていただく。

 『エマージング』は現代文明を享受している人類に対する警告の書であり、未来に不安を感じない人々への予言書でもある。今世紀のいつの日か「病人が街へ入るのを禁止したり、科学の力を借りても少しも役立たず、身分が高くても死体が放置され、多くの人が獣のように死んでいき、やがて人々は将来より今がよければいいと思うようになる」疫病が起きたとき、『エマージング』は21世紀の『デカメロン』となり、外薗昌也は21世紀の予言者となるかもしれない。

人文知、馬鹿になりませんぞ。

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