「みんなの声」は聞いたのか?
「みんな」の声
幹部職・議会の常套句
ザ・公共施設マネジメント(だけでなく自治体)の世界では、何かをやろうとする場合に必ずと言って良いほど市長をはじめ幹部職、そして議会から「みんなの声は聞いたのか」と言われる。
同時に「大切なことだから丁寧に説明して全員合意を得ること」と無理ゲーな条件が提示されてしまう。
果たして「みんな」の声、そして全員合意はプロジェクトの与条件なのだろうか。そして、こうした事業(≠プロジェクト)でまちは良くなるのだろうか。
でかい声
自分がプレーヤーとして関わろうと考えている(←まだ流動的要素が非常に強いので判断がつかない状況)プロジェクトでは、既に何度も行政担当者と面談を行い職員研修やプレ検討などで職員の熱意・知識等も確認しながら「こういう形でやってみたい」と市長へ事業概要のプレゼンも実施した。
時を同じくして行政が別途、住民の声を聞いていく場を設けたところ、(こういう場面ではよくあることだが)自治体職員OBなる方が登場し、デカい声で持論(旧来型行政の典型例とも言える「地域のためのハコモノを税金で整備すべき」)を展開したことで行政がヒヨりはじめてしまった。
この事例に限らず「みんな」の声と言いながら、結局は声のデカい極々一部の市民や議員(、しかも既得権益である場合が多い)の声が中心になってしまったり、自治会等もそうした人に「日本人らしい」つまらない配慮をしてサイレントマジョリティ化してしまうことが多いように感じる。
みんなの声を反映した結果
茶室事件
富山県内の近年、様々なプロジェクトを積極的に進めているある自治体では、集会施設の大規模改修にあたって市民ワークショップを実施して利用者の声を丁寧に聞いていった。
そのなかで「お茶会をしたいので茶室が欲しい」という利用者団体の「デカい」声を反映して、当該施設のエントランス脇のメインとも言える場所に茶室(和室)を2室整備した。
しかし、実際に施設がリニューアルオープンしてみると、あれだけ「茶室」を主張していた団体は和室を利用することなく、研修室等の他の諸室を活用してお茶会をしている。この団体の構成員の多くは高齢者で「膝が痛くて座れない」ので和室を使えないとのことである。
まさに「茶室事件」である。
園芸用スコップ
京都府の廃校活用等で多くの優れたプロジェクトを展開しているある自治体では、観光資源であるお城の脇に鉄道博物館を整備することとなっていた。
ここでも市民ワークショップ等で市民の声を聞いていくこととなった。
この市民の声を反映した鉄道博物館は既にオープンしているのだが、「石炭をくべるマネ」ができるのが目玉コンテンツとして位置付けられている。家庭用の園芸スコップ?でカラーボールを運ぶ。。。
これ以外にも電車でGO!のような運転シュミレーターが入館料とは別に300円/回であったりとなかなかのコンテンツが並んでいる。
残念ながら訪れた日が平日のランチタイムだったからなのだろうか、50,000人/年の入館者数を目指していながら一人も入館者がいない状況であった。
多目的ホール
流山市のおおたかの森駅北口の駅前市有地活用事業では、「500人規模のクラシックに特化したホール」を市の財政負担をできるだけない形で整備することを目指したプロジェクトであった。
ホールのイニシャルコストは敷地の一部をホテルに定期借地権で貸し付けることと一部の土地を分譲マンションに売却することで調達(等価交換)できたが、(コンテンツ等の課題だけでなく)ホールそのものの仕様についても課題が残った。
当初は(表現も曖昧だが)文化芸術の振興を目指してクラシック専門だったはずだが、計画段階で「様々な方面からの声」を聞いていくうちに「賀詞交換会にも使いたい、レセプションなどにも使いたい。。。」といった意見が次々と出され、稼働席型の平土間形式の多目的ホールで整備することとなってしまった。
この世界でよく言われることだが「多目的は無目的」であり、オーケストラピットがないので本格的なクラシックには活用できず、音響も残響時間をどこにフォーカスを絞ったのかすら曖昧な状況になってしまった。
行政経験者なら
例示したこのような笑えないあるあるネタは、ある程度の行政経験者であれば思い当たる節がいくつもあるはずだ。
「市民の声」を反映するといいながら、結局は市民の声をエクスキューズにして「自分で責任を負うことから逃避している」に過ぎない。
経営者としての行政、消費者としての市民
商品開発の現場
行政は、「市民の声」をあらゆる段階で全て斟酌することが重要だと勘違いしていることが多い。
民間企業の商品開発の現場では、マーケティングの一環で消費者の声を聞いたり、テストマーケティングで製品のブラッシュアップをすることは徹底するが、原価率をどうするか、どのような販路でやっていくか、粗利は何%に設定するかといった経営の本質に迫る場面や経営会議に消費者が参加することは絶対にあり得ない。
行政も同じ資本主義の社会で生きているはずだ。
プレーヤー・サプライヤーとしての市民
「市民意見を聞くこと」と「プロジェクトの根幹まで一緒に構築すること」は同義ではない。
市民ワークショップや有識者委員会は「プロジェクトの質を向上するため」「利用者のニーズに沿った形で愛着のあるものにするため」に実施するものであり、そのプロジェクトの結果責任を持つわけではない。
「消費者としての」市民を集め、非常に限られた時間・データだけの提示でしかないなかで出された「その場の(こうあったらいいな・理論的にはそうなるといった)意見」を政策判断の根拠にすること自体、無理がある。
プロジェクトの市場性や実効性を高めるためには、消費者たる市民の声はマーケティングとしての位置付けに留め、プロジェクトの根幹に関わる部分にも「市民の声」を入れていきたいのならば、そこでコンテンツを提供するプレーヤー・サプライヤーとしての市民に、経営的な視点で意見を聞いていくことである。
WSでの意見の聞き方
市民ワークショップでも「夢のある施設を考えましょう」「どんな施設が欲しいですか」「どんな部屋がいいですか」「自由な発想で忌憚ない意見をお願いします」といった形で、財政・法律・時間等の本来は無数にある制約条件も提示しないままやってしまう行政の運営に問題がある。
当然、自分の時間を使って参加した市民は行政を信じ、「そこでの意見は反映されるはずだ」となるから、実際の事業(≒プロジェクト)で思ったような形にならないと騙された・ガス抜きだとなってしまう。
市民WSをやるなら、最初に様々な与条件を明示したうえで「皆さんに議論していただく(裁量の委ねられる)範囲はここです。」と共通認識を醸成して実施することが大切である。
同時に「何が欲しいですか?」ではなく「あなたはここで何ができますか」「何をどういう頻度で行いますか」と主体性を持った意見を聞いていくことである。
更に「茶室が欲しい」という市民意見をそのまま要求水準に落とすのではなく「お茶会をやりたい」と変換したうえで、それは何人ぐらいで・どのような頻度・グレードで実施していくのかを丁寧に読み解いていくことがプロとしての作業である。(最終的にはそうして集めた「声」を経済合理性や公共空間で行う必要性があるのかといった視点をプロとして経営判断していくことが求められる。
「市民の声」を「なんでもそのまま仕様に落とす」から、パッチワーク型のまちの規模からスケールアウトした華美で巨大なハコモノができてしまうのであり、こうした経営的な視点で考えていけば、市民の声を「生かし」ながらも理にかなった場(≠ハコモノ)を創出していけるだろう。
そもそも「みんなの声」でいいのか
そもそも「みんなの声」は公共施設整備の必要十分条件になるのだろうか。
前述のように「行政の聞き方」が経営感覚の欠如したオママゴトであることは大きな問題なのだが、公共施設をまちの「どこに・どのような規模で・誰が経営していくのか」はまちにとっての重要な経営課題であるはずだ。
地方自治法上も財産の総合調整権は長(=首長)にのみ認められている。その場だけの喜びや利用者を中心とした市民、さらには自分の近い範囲にいる声の大きい人の声だけでやってしまうと、前述のような笑えない事態に陥ってしまう。
しかも、一度公共施設を整備してしまうとそう簡単に変更していくことはできないし、まちにいろんな影響を及ぼしていく。
だからこそ「みんなの声」ではなく、消費者たる市民へのマーケティングに基づく市場性や実際にそこに携わるプレーヤーとしての市民、地元事業者等の地域プレーヤーの意向を丁寧に整理しながら、経営的な判断を下していくことが必要である。
全員合意はありうるのか
「大事な事業なので全員合意が大前提」と声高に叫ぶ行政関係者も非常に多いが、全員合意できるようなものは「①遥か昔にケリをつけなければいけなかったこと
、②当たり前すぎてクソつまんないこと」のどちらかでしかない。
現在のまちを取り巻く様々な課題は、どこかに答えがあるわけでもマニュアルどおりにやれば良いものでもなく、試行錯誤しながら少しずつ変えていく・変わっていくしかない。先が読めないことだから不安もあるし、当然に全員の合意などができるわけではない。
だからこそ経営判断をしながら、リスクを負ってまちのためにやれることをやるしかない。
また、全員合意を取ろうと固執して基本計画等の二次元の世界では「みんな」「賑わい」などの曖昧なNGワードの羅列で現実逃避してしまい(なんとなく合意を得ても)、いざ三次元のリアルな世界に出た瞬間に全く歯が立たなくなってしまう。
トレードオフ
市民意見だからといって、「あれもこれも」をパッチワークしてしまうと前述の多目的≒無目的ホールのように中途半端で結局誰にも愛されない・使いにくいハコモノになってしまう。
様々なニーズや意見にはトレードオフの関係が発生することが非常に多い。これまでの市民利用を重視しようとすれば経済合理性や新たなコンテンツをビルトインできる余地が少なくなるなど、何かを立てればどこかが立たなくなる。
こうしたことを有耶無耶にして「みんな」の「賑わい」といった曖昧なNGワードを羅列して、それらしく表面上を取り繕ってしまう(≒安易な合意形成を図る)からまともなプロジェクトになってこないのである。
人口減少、少子・高齢化、物価高騰、ニーズの多様化等の複雑な社会経済情勢の中で旧来型行政の「お花畑の世界」は存在しない。トレードオフの関係もリアルに理解しながら、そのまちらしく経営判断していくことが必要だ。
ビジョンから考える
現在進行形の富山市の旧八人町小学校の活用事業は、こうした面から非常に興味深いプロジェクトである。
旧八人町小学校は、富山市の中心市街地(商業地域で容積率は500%)に位置する廃校であり10年以上放置されてきた。これまでの富山市であればコンサルへ業務委託して市民ワークショップなどを行いながら、容積率を最大限に活用したハコモノ整備事業(←通常はPFI法に基づくPFIのサービス購入型BTO方式)を行ってきただろう。
しかし、今回はこの流れを踏襲せず担当者がまずはエリアを徹底的にまちあるきしながら地域の状況を把握し、プレーヤーとも連携しながらエリアの課題やポテンシャルを見出していった。そのなかで「犬と子ども」をテーマに地域プレーヤーとともにエリア価値を再構成していく方向を見出した。
職員自らが「妄想」してこのような場にしていきたいというストーリーとパースを作成し、それを地域住民やプレーヤーと共有しながら、2023年11月20日には暫定的な未来の場としてハチマルシェを実施した。
あくまで「暫定的な未来の姿」であることを忘れてはならないが、このように自分たちで少しずつ関係者の共感を得ながらプロジェクトとして育て収斂していくやり方は、本来当たり前のことなのであろう。
もう一つ、このハチマルシェで忘れてはならないのが、当日の朝方までかなりの雨が降っており会場となるグラウンドのコンディションは非常に悪い状況であったが、課長以下スタッフ総出で泥まみれになりながら水の掃き出し作業を行なったことである。
これによってハチマルシェが(主催者としては色々とやり残したことがあるかもしれないが)円滑に運営できて参加者の満足度につながったことは間違いないし、何より懸念を示していた地域住民、一緒に走れるか(心のどこかで不安も)感じていたかもしれないプレーヤーの方々にとって、信頼できるパートナーであることを示せただろう。市職員のチーム力が本当に感じられる素晴らしい場面であった。
この妄想から始まり、ビジョンをハチマルシェの開催に至る関係者との協議、暫定的な未来の姿を見せていくプロセスは、同時に庁内・地域の意見をプロジェクトレベルで聞きながらリアルに反映していくプロセスでもあり、プロジェクトに対する共通認識(≒本来的な意味での合意形成)の醸成にも結果的に役立ったと考えられるのではないか。
旧来型行政の思考回路・行動原理による「みんなの全員合意」がいかにリアリティのないものなのか、その一方で少しずつ丁寧に試行錯誤していくプロセスを見せながら「共感」を集めていく方法論に可能性が見えてくる。
お知らせ
実践!PPP/PFIを成功させる本
2023年11月17日に2冊目の単著「実践!PPP/PFIを成功させる本」が出版されました。「実践に特化した内容・コラム形式・読み切れるボリューム」の書籍となっています。ぜひご購入ください。
出版記念企画の「レビュー書いて超特濃接触サービス」も絶賛実施中ですので、ぜひこちらにもご応募ください。
PPP/PFIに取り組むときに最初に読む本
2021年に発売した初の単著。2023年11月現在5刷となっており多くの方に読んでいただいています。「実践!PPP/PFIを成功させる本」と合わせて読んでいただくとより理解が深まります。
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