【連載企画】竣工即負債#06〜負債としないために(その2)〜
前回までと今回
市民にとって大切な公共施設。
建設するときには「誰かが」熱望して、「みんな」の総意として整備したはずなのに、時間と共にジリ貧になり負債化してしまいます。そのメカニズムを分析しながら「そもそもの失敗」を予防するための論点を、連載企画・マガジンとして整理してきました。
今回もその続きを整理していきたいと思います。
負債としないためのポイント(前回からの続き)
経営者としての行政・消費者としての市民
公共施設を整備するときに多くの場合、納税者であり利用者となる「市民の声」を反映させるため市民ワークショップが開催されます。しかし、経営的なキャップも物理的な与条件も明示されないまま「どんな施設が欲しいですか?」を議論してもリアリティはほとんどありません。
民間企業では商品開発にあたり、消費者のニーズを把握するため徹底的なマーケティングを実施しますが、実際の商品開発や経営判断の現場に消費者が入ることはありません。
拙著「PPP/PFIに取り組むときに最初に読む本」でも記載しているとおり、公共施設「マネジメント」は経営の問題であり、そもそも行政の経営感覚が欠如していたことに端を発していることから、経営的に考えていく必要があります。
法的に財産の所有者であり総合調整権を持つ市長が主体的に考え、責任を負う問題なのです。(職員は首長の補助機関として首長の覚悟・決断・行動を支える。)
経営者としての行政が、消費者としての市民の声・ニーズを把握・分析しながら最終的に覚悟・決断・行動することが必要です。
行政は、うまく回らなくなったときに「利用者の方がいるから」「市民ニーズのために」と弁明しますが、市民に責任転嫁する言い訳でしかありません。
経営の問題なので、常に厳しい選択が求められるのです。
上記コラムで引用させていただいた阿南市_表原市長のSNSを改めて読んでいただければわかると思います。
コンテンツ・プレーヤーから組み立てる
前回(第5回)で「ビジョン・コンテンツの精査」の重要性は述べましたが、竣工即負債となる構造では、「なんとなく」整備されるハコが先行して「誰が何をやるのか?」が竣工時点までに具体的に全く検討されていないのです。
ビジョン・コンテンツを精査すると同時にそれを「誰が」「どんな頻度で」「どのような収支で」やるのかを職員が自ら営業してセットアップしておくことが重要です。そして、この個別具体のコンテンツを具現化するために必要な物理的な要素を整理していくことで「できた瞬間誰も使わない」問題は解決できるはずです。
ある自治体から、市民から熱望された茶会に使うために整備された和室が全く利用されず、当の本人たちは「足が痛いから一般的な会議室で茶会をしている」という笑えないあるあるネタを教えてもらいました。
なぜか視認性の悪いところに設置され、竣工直後からリーシングできない(orすぐに撤退or既得権益がただ同然で居座る)ダサいカフェスペースも同じ構造です。
前述の「消費者たる市民」とも関係しますが、寄せ集め市民ワークショップの「こうあったらいいな」ではなく、実際に経営する人・自分の金を払って使う人の声が必要です。
そして、コンテンツ・プレーヤーはできる限り「地域」の人たちで構成することが望ましいです。「茶室事件」の自治体では、Park-PFIで都市公園に外資系カフェが設置されたのですが、1年もたたないうちに周辺飲食店をほぼ全て駆逐してしまいました。
(当該地だけでなく)エリアの価値を高めるためのプロジェクトでエリアを衰退させてしまっては元も子もありません。もちろん、地域コンテンツ・プレーヤーはホンモノである必要があります。そのまちの価値をわかり、高価値なものとしてプロジェクトとの相乗効果を生み出せる地域コンテンツ・プレーヤーが求められます。
ハコモノで勝負しない
こちらのコラムでも指摘した「まちのシンボル」としての公共施設。
ハコモノ事業では基本計画等で「まちのシンボル」として公共施設が期待されますが、大切なのはハコではなく「どんな場」であるのか、つまりコンテンツです。
巨匠の設計したハコモノは、竣工時は見栄えがするでしょうが大したコンテンツがセットアップされなければすぐに飽きます。経営感覚のない行政では適正な管理もできません。この行き着く先が「墓標」です。
多額のイニシャルコストをかけずともステキなデザイン・充実したコンテンツ・きちんとした建築性能が確保できることはオガールが証明しています。
「華美で重厚なハコモノ」に投下するイニシャルコストの一部を、統一したデザイン、ヒューマンスケールやコンテンツから逆算された物理的空間、後述する段階ごとのコンテンツの充実に振り向けていくことによって、プロジェクトの「場としての魅力」は向上していくでしょう。
また、チャレンジングな構造や先鋭的な意匠とせずシンプルな造りとすることで雨漏り等のリスク低減、配管・設備の更新時における影響範囲の減少、汎用品の活用による更新コストの削減などにも寄与するでしょう。
吹田市のパナソニックスタジアムは竣工時から50年以上にわたってガンバ大阪を指定管理者に指定(ゼロ円指定管理)し、その間の大規模改修等も指定管理者の業務範囲に含めることを前提としていたため、非常にシンプルなスタジアムとなっています。
フルコスト・LCC
ハコモノ整備では「一般財源ベースのイニシャルコスト≒事業費」の思考回路で進んでしまうため、身の丈を遥かに超えた規模となるだけでなく、収支を含むコンテンツが事前に整理されることがないので膨大な維持管理コストに悩むのです。
維持管理コストは(後述の補助金・交付金を充当できることがほとんどなく)一般財源ベースで調達しなければならないので、この部分を企画段階から考えておく必要があります。
維持管理運営に関する総コストはイニシャルの4〜5倍になるとされていることから、施設規模を検討する時点でこの部分のコストを算定しつつ、事業契約に関する予算(or工事請負費)とあわせて債務負担行為を設定することが、適正に維持管理をする、庁内・議会・市民の間での共通認識を醸成するうえで有効な手段の一つになるでしょう。
既存施設の改築(や機能拡充)で直営で行っていた場合は、維持管理運営に要する(退職引当金を含む)人件費や減価償却相当額が単年度会計現金主義の行政の予算書では見えにくくなっているため、この部分も含めて債務負担行為をフルコストベースで計上しておくことが重要です。
キャップをハメる
公共施設整備における基本構想や基本計画の段階では「こうあったらいいな」「多分こうなるだろう」と他自治体の類似事例、市民ワークショップ・議会特別委員会・有識者会議などでボリュームスタディを「なんとなく」行います。これに㎡単価を乗じて概算事業費を計上すると、びっくりするようなイニシャルコストになってしまいます。
大切なのは「何をしたいのか≒ビジョン」と「実現するために何をするのか≒コンテンツ」を精査したうえで、行政として「どれだけの税金をそのプロジェクトに投下するのか?」を少なくとも20年(、可能であればLCCを考慮して60年程度)で算出することでキャップをハメることです。
例えばプールで利用者1人あたり3,000円もかかるようであれば、希望者に民間のプール利用に必要な費用を全額補助しても十分お釣りが来るでしょうし、カネが市中で循環することも踏まえれば非常に合理的です。
ハコモノは当該公共サービスを提供するための物理的な要素に過ぎません。ハコに税金を投入しすぎて肝心のサービスの質が確保できなくなっては本末転倒です。だからこそプロジェクト全体に投下するコストをサービスから考えて設定する、キャップをハメたなかでプロジェクトを検討していくことが重要です。
次回予告
まだもう少し書きたい論点があるので、たぶん次回が最終回となると思いますが、竣工即負債を予防するための論点と負債になりかけたハコモノへのアプローチなどを考えていきます。