宮崎地震から考える旧来型BCP
宮崎地震
概要
アドバイザー業務で訪れていた宮崎市。全国各地を旅しているので、こういうことも可能性としてはありうるが、まさかの事態であった。これまでも東日本大震災は流山市、その4月11日に発生した余震は相馬市で体験しているが、やはり日本は豊かな自然環境と引き換えに自然災害の高いリスクを負っていることを感じた。
地震発生直後に会議は中止し、その場にいた職員はあっという間に会場の片付け・職場に戻る対応をできたのはさすがであった。しかし、その後に「自分が何をするのか」を把握・システマティックに動ける職員は(少なくともその場には)ほとんどいなかった。
津波も含めてそれほど大きな被害がなかったことは不幸中の幸いであったが、この経験から学ぶことは多くあるだろう。
初動対応
本部と避難所
当日の会議は宮崎市役所に隣接する市民プラザで行われており、職員は本部となる本庁舎にすぐに移動することができたが、ここで気をつけなければいけないのが「市民が市役所に殺到すること」である。
過去の経験では、応急危険度判定で訪れた新潟中越地震の際の小千谷市において市民やマスコミが庁舎に殺到し、また支援物資も庁舎に集まる状態となっていたため、本部が果たすべき指揮命令系統、市民の生命・財産を一時的に守るための避難所、情報を正しく広く発信するための広報機能、避難物資等の物流拠点などの機能が混在してしまった。結果的にそれぞれの役割が十分に機能することなく、難しい状態に陥ってしまっていたようだった。
宮崎市はホームページで上図のように避難所情報が閲覧できるようになっている。ここでもよく見れば市役所の会議室棟は避難所だが本庁舎や市民プラザは避難所に位置付けれられていないことがわかる。
市民が市役所に殺到するのは「情報が正しく伝わっていない」「災害時の行動が共有されていない」からであり、市役所に行けばなんとかなるという市民のピュアな発想に基づくものである。東日本大震災の際の相馬市でもそうだったが、大規模災害の発生初期の庁舎(本部)はただでさえ混乱していて、死傷者などナイーブな個人情報も飛び交っている。
宮崎市でもせっかく庁舎と市民プラザが隣接しているので、最初にやるべきことは「庁舎には市民を入れない」ことを徹底すべきである(今回は幸いにもそのような事態は発生しなかった)。
また、新潟中越地震では市役所の駐車場をマスコミが長期間にわたって占拠し、災害対応で必要な人々が庁舎にアクセスすることが困難になる状況も発生していた。マスコミが避難所等に入り込み、被災者に「辛かったですね」など被災された方々の立場・感情を無視したつまらない報道がされることがいまだに一般化しているが、市民生活を本当に守りたいのだったら、こうした部分も含めて行政は発災直後から十分なメディアコントロールも本部で行うことが求められる。
本部機能は被災状況の把握、避難所の開設や運営、関係機関との連携など多種多様で膨大な業務を同時並行で効率的・迅速にこなさなければならない。市民対応とは明確に分離することが非常に重要である(近年、「市民が気軽に来れる庁舎」などと謳っている庁舎の場合は、少なくとも駐車場・敷地内・庁舎内で明確なゾーニングをしておかないと、自らカオスに陥ってしまう)。
BCP
公務員時代から地震を中心とした様々な自然災害に直面してきたが、毎回共通するのはBCPが全く機能しないことである。今回も、地震発生直後に「BCPで定められたことをまずはしてください」とお願いしたが、残念ながら全くBCPが共有されてはいなかった。
BCPで重要なのは「いかに被害を小さくするのか」「いかに早く日常に戻すのか」の2点であるが、ほとんどの自治体のBCPはコンサルへの丸投げ業務委託で策定したもので、意味のないグラフや他自治体の過去の事例などが散りばめられ無駄に厚く(どこを見ればいいかわからない)、いろんなまちで使えるように金太郎飴的な一般論しか書いていないので全く役に立たない。
全自治体で策定されていても「実際の現場で使えなければ全く意味がない」。(これは公共施設等総合管理計画、PPP/PFIの優先的検討規程等も含めてほぼ全ての行政計画に当てはまる。計画を作ったらやった気になる、ただそもそも庁内にすら共有できない計画は何の意味も持たないし、「計画行政」たる言葉ももはや機能する時代ではない。)
今、見直すべき(見直せる)こと
マイ・タイムラインベースのBCP
近年、防災対応でマイタイムラインが注目を浴びている。上記の国土交通省による解説では風水害にターゲットを絞っているような表現だが、本来は(事前にある程度の準備が可能な)風水害より圧倒的に予知しずらい地震も(事後対応が中心になるが)対象にすることが重要であろう。
2015年の関東東北豪雨により市域の1/3が水没する甚大な被害に見舞われ、現在は防災先進都市を目指している常総市では、「みんなでタイムラインプロジェクト」と題して、マイタイムラインを職員だけでなく市内の各種団体に出向いたりしながら作成している。いざというときに自分がどう動くのか、これを理解して行動できるようにすること(庁舎ではなく近くの避難所に行くことなど)が、リアルなBCPの第一歩になる。
そして、市民やそのまちの民間事業者、各種団体のマイタイムラインをビッグデータとして集約し、RPAやAIも用いながらリアルなBCPは作成してくことが、スマートシティやDXというならやっていくべきことになるだろう。
システマティックさ
市民レベルではマイタイムラインが非常に重要となるが、行政も今年に入ってからの能登地震・宮崎地震などの経験も踏まえながら、まずは暫定的でも良いので「発災直後に何をするのか」を改めて整理するとともに、全職員で共有しながら防災訓練も本格的に実施することが「いざというときの備え」になる。
職員もすぐに個々の職員が効率的に動く必要があるが、これが意外と難しい。公務員時代、東日本大震災に遭ったときには午後休暇をもらって外出していた。すぐに(遅くなって申し訳なかったと思いながら)市役所に駆けつけたが、そこで見た光景には絶望した。ほとんどの職員がテレビの画面を眺めているだけで何も動こうとはしていなかった。(組織論からしたらダメだったのかもしれないが)建築職の有志の職員を集めて、データベースから公共施設の一覧をプリントアウトしてエリアを決めながら危なさそうなもの・大きいものから順に(翌日の土曜・日曜日まで3日間かけて)施設点検を行なっていった。
こうしたことも、本来は事前に決めておいてシステマティックに動くことが当たり前のレベルで求められていたはずだ。
また、宮崎市でもそうだったらしいが、防災対策本部は市長をはじめ全幹部職が全員一斉に参集し、ある程度の段階まで全員で対応することが多い。万が一、余震で災害対策本部が潰れるなどの二次災害に見舞われたときに、そのまち全体の指揮命令系統が完全に喪失してしまう(シン・ゴジラでも内閣総理大臣以下が同じヘリで避難しようとしたがために。。。)。
ここまで最悪な事態ではなくとも、災害対応は長期戦になることが一般的である。だからこそ1/3ずつに班編成をしてある程度の機能が維持できるようにしたり、交代・休息の時間を設けていくこともリスクヘッジという側面だけではなく結果的に市民の生命・財産をより確実に守ったり早い復旧に役立つはずである。
アナログな対応
今回、自分は「市民プラザの利用者」として宮崎地震に直面した。揺れが収まったのを確認して外に避難すると、(おそらく)近所の保育所から保育士と15人ほどの園児が市民プラザにやってきた。
市の職員に確認すると市民プラザが避難所指定されていなかったことから、近くの避難所を紹介しようとも思ったが、明らかに市民プラザの方が一時避難には適した環境であった。保育園児にとっても不安がいっぱいだろうし、体力的にもあちこち動かすのは得策ではないと思い、施設管理者と相談して(津波の情報もわからなかったことから)自分も同席することとして4階に避難していただくこととした。
酷暑のなかでかつ点検のため一時的に空調も切れていたことから、自販機で水を何本も購入し、保育士の先生方を通じて園児へ提供した。(この自販機も通電して使えたので良かったが、残念ながら館内の自販機は全て災害対応用ではなかった)
保育士の先生方は子どもたちが不安にならないように手遊びなどをしていたが、やはり(親との連絡など)負担が大きそうだったので、その場にあったモニターに自分のPCをHDMIで接続し、自分のルーターでWi-Fiに接続してAmazonPrimeでアンパンマンを購入、子どもたちに見ていただくこととした。
これが本当にハマった。子どもたちがアンパンマンに釘付けになってくれていたので、先生方も各所への連絡などができる時間を確保できた。
徐々に親御さんが子どもたちを迎えにやってきたが、なかにはアンパンマンの続きが見たくて帰るのを躊躇う子までいたw
一般的な行政のBCPや災害対応では、物理的に市民の生命・財産を確保したり復旧を目指すことのみにフォーカスが置かれているが、それだけではなくこのように一人ひとりの心や不安に寄り添ってできることをやることも必要だろう。こうしたことはオーダーメイド型だろうし、その場での物理的な要素を見ながらの瞬間の判断になるので、ある程度フリーに動ける人も確保しておくことが求められる。東日本大震災の際にディズニーランド・シーではキャストの方々の臨機応変な対応が賞賛を浴びた(JR等の四角四面の機械的な対応とは真逆の世界である)のも、こうした側面が大きいのだろう。
「まちの総力戦」の体制構築
2024年1月1日に発生した能登地震では、北陸地方で唯一包括施設管理業務を実施していた射水市において、同業務の受託者である日本管財株式会社が延べ60名/18
日の技術スタッフを派遣し、公共施設の点検を3班体制で実施した。
このことによって小中学校が予定どおり3学期をスタートできただけでなく、行政の職員が避難所、罹災証明等の業務に集中することが可能となった。
同時期には、北陸地方の多くの自治体で「交通網が麻痺するから、ボランティアの受け入れ態勢が整っていないから来ないでください」としていたことを思い出してほしい。日本管財も「射水市との包括施設管理業務の契約」がなければ、そもそも行くことができなかったし、行ったとしてもどこにどのような施設があるかもわからなかったら、全く役に立たなかったはずである。
これに代表されるように、日常的にどれだけ多くの市民、民間事業者との有機的なネットワークが構築されているか、更にそのネットワークが形式的なものではなく心もつながっているかが問われる。
PPP/PFI、公民連携、随意契約。。。等のつまらない表面上の用語やこれまでのしきたりにこだわっている場合ではない。近年は多くの民間のホテル等が避難所・津波避難ビルに指定されているし、市民もそうしたところを積極的に活用している。新型コロナウイルスの蔓延時にも民間ストック・コンテンツが果たした役割がどれだけ大きかったのか覚えているだろう。
行政だけで市民の生命財産を守れると思っていること自体が古いし、リアリティがない。財政状況が厳しく、職員数も限られた状況で、対応しなければいけない分野も多く、内容も複雑な時代、市民の生命財産を守る、1日でも早く日常を取り戻せる自力・地力のあるまちになるためには、手段や過去を問うている場合ではない。コンサルに丸投げ委託したBCPなどは役に立たない。市民・まちを直視して「自分たちがどう生きるのか・何をすべきか・何ができるのか」を自分たちでリアルに考え、形式知として落とし込むと同時に、それを実際の訓練等を通じて多くの方々と共有していくことが求められている。
このように考えてみると、防災対策もまちづくりとの共通項が多そうである。
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