堕落した自分へ捧ぐ、「他力本願」な自分探し
僕は「自分探しの旅」が嫌いだ。これまで大した努力もせず、適当な大学に入り、これといった「将来の夢」もない自分を改めて「探し」たとしても、結局「堕落した自分」を再発見するだけで何も生まれないだろう。
「堕落した自分」を再発見して、「これじゃいけない」と「覚醒」し、自分磨きだの学生団体だのインターンだのに参加できるようにすべての人間がうまい具合にできているのであれば、地球温暖化だって新興国の人身売買も年間4000人が死ぬような移民問題も起きないのだ。
何かをきっかけに変われる