![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/80153736/rectangle_large_type_2_a9566942c0232fd57bd3ebf1f2b0bff5.png?width=1200)
『ゆれる人魚』ポーランド産ミュージカル映画🪸🐟
スクリームと同時に煌めくポップな音楽。鮮やかなオープニングに、何だこれはと鳥肌がたった。久しぶりの皮膚感覚びりびりがやってきて、ソファの上から身を乗り出した。
ポーランド初? ミュージカル映画
これはポーランドでは珍しいミュージカル映画。監督がポーランドのミュージシャン・ヴロンスキ姉妹の存在から着想を得、劇中の音楽も姉妹が楽曲提供をしている。(ヴロンスキ姉妹も実は映画に出演している)この音楽が、ポーランド語の可愛らしい音と相まって不思議な魅力を放っていて私は大好きだ。
主人公はシルバーとゴールデンという人魚の姉妹。(姉妹ものに弱い私にはこれはポイントが高い)2人が海から陸に上がり、ナイトクラブで歌う3人組のバンドと出会うところから物語は始まる。クラブで人気者になった姉妹を、バンドのボーカル・クリシャは娘のように可愛がる。
物語の軸は『人魚姫』
この映画における人魚はセイレーン伝説に近い解釈をされており、美しい歌声で人間の男を呼び寄せ、捕食する恐ろしい生き物として描かれている。
この映画全体は『人魚姫』の物語を下敷きにしていて、姉の人魚が人間に恋をしたり失恋したりもする。だが、一筋縄に物語を辿るだけではないところにこの映画の面白さがある。
たとえば、好きになった人間の男のために尻尾を切り取るシーン。人間の女の脚を移植するというグロテスクな画でありながら、シュールな可笑しみがある。
消費される前に、消費する
姉のシルバーが人間の男に熱を上げる一方で、妹ゴールデンはあくまで人間を"食い物"として見ることをやめず、男を誘惑して密かに食い殺す。
私が最も魅せられたシーンは、この妹と、彼女の犯行を見抜いた女警官との攻防のシーンである。はじめは殺人犯としてゴールデンを追い詰めようとしていた女警官が、こともあろうに異形であるゴールデンに魅了され、2人は関係を持つ。
この女警官は、バンドのクリシャと対照的な描かれ方をしている。男に頼って生き、母親として娘を支配しようとするクリシャに対し、女警官はゴールデンの中にある自立心や承認欲求を認めているように見える。
このシーンは、映画の中で主軸となるシルバーの単純な異性愛の神話に異を唱えているように思われ、ハッとさせられた。
やっぱり姉妹ものが好き
人魚姫の物語、そしてこの映画を支えるもう一本の大事な骨は姉妹の絆である。
尻尾を切ることにより自慢の歌声を失ったとしても、人間の男の愛を勝ち得ようとする姉を、妹は理解できない。男を選ぶとは、妹である自分を捨てることをも意味するのだ。
それでも、姉妹の縁が切れるよりは。真っ直ぐに恋をする姉を止められなかったのだろう。尻尾を切る手術をする姉に向けて妹は、「あなたの責任で決めるの あなた自身で決めるの」と歌を贈る。
勧めたいけど、勧めにくい
この映画を人に勧めにくいという難点はたしかにある。肌色が多く、たぶん電車の中では観られない。
だが、この映画の人魚はポルノではない。なぜならこの2人の人魚はきっと生まれたそのままの姿でいるだけに過ぎないのだから。映画の中の人間たちも、人魚という異形の存在に畏怖の念を抱きながらも、裸それ自体を消費の対象として扱ってはいない。
色々な文脈での見方を探るのも面白いが、ミュージカルがポーランドでは存在しなかったジャンルであっただけに、これまでにない斬新な作りがとにかく面白い。そういう意味ではこの作品は、人魚と同じくミュージカル映画界でも異端の存在といえよう。