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マチブラ×美術研究会 札幌市再開発と美術の関連性 第2部「すすきの編」
前回の「安田侃作品特集編」に続き、「すすきの編」です。
前回の記事をまだ読んでない方は、そちらも合わせてご覧下さい。
駅前通りの8作品
美:繁華街すすきのに芸術のイメージはあまりないかもしれませんが、実はすすきのには彫刻が点在しています。
あまりに数が多いので今回は駅前通りにある、以下の4作家8作品をピックアップして実際に見てきました。
永野光一さん『午前0時の会話』『MEMORY』
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丸山隆さん『球の記憶』『上機嫌な星』
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山谷圭司さん『おだやかな直立』『やすらかな傾き』
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松隈康夫さん『あっち こっち』『重なる形』
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いずれも抽象的な作品で、何を表現しているのかぱっと見ではよく分かりません。すすきのに彫刻なんて異色な気もしますが、特別目立つわけでもありません。
むしろすすきのの景観になじんでいて、決してランドマーク的な存在を目指したわけではなく、電柱や信号機のように当たり前にそこに立っている、という印象を抱きました。
駅前通り沿いの歩道は一部が駐輪場となっていますが、いくつかの作品はその駐輪場とも共存しています。駅前通り8作品は、完全に芸術が日常に溶け込み、混ざり合った不思議な空間を作り出しています。
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さて、彼らは、札幌市の彫刻を語る上では欠かせないある組織の一員なのですが、ご存知でしょうか。
彼らに國松明日香さんを加えた5名の彫刻家たちは、CINQ(サンク)という造形集団を結成し、市内にある巨大な作品を残しました。
CINQは、札幌軟石の採石場跡地を生まれ変わらせるため、構想から設計までを手掛け、石と緑と地形を活かした「空間」を作り上げたのです。
これは南区石山にある石山緑地という公園で、面積は11.8ヘクタール、CINQによる造形空間はこのおよそ半分を占めています。
石山緑地の中には、彼らの彫刻作品(上の写真)も置かれており、遠くからも近くからも楽しめる「二度美味しい」、いや、「何度でも美味しい」そんなスポットなのではないかと思います。
駅前通り8作品も、石山緑地内の彫刻作品も、もちろん単体として素敵な作品であることは間違いありませんが、彼らが得意とする空間や景観との調和に注目してみると、その作品や街並みの新たな魅力に気づけるのではないでしょうか。
それでは、マチブラ部さんへバトンタッチします。
街:札幌市中心部を南北に真っ直ぐ貫く「駅前通り」。
そのうちのススキノ市場~ススキノ交差点までの間には、彫刻たちが繁華街を実感させてくれるビル群に紛れて点在しております。
それぞれの作品が乗っている台を見てみますと、設置されたのは1993年~1994年でした。バブルが崩壊した後に設置されたみたいです。
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ススキノの駅前通りの彫刻たちが見守ってきたものはたくさんありますが、街の移り変わりに関連することといえば、ススキノラフィラとさっぽろ雪まつりのススキノ会場にて展示されていた歴代の氷像ではないでしょうか。
ススキノラフィラは、1974年(昭和49年)に「札幌松坂屋」の名前で開店し、5年後の1979年(昭和54年)にイトーヨーカ堂と業務提携をしたことによって、店名を「ヨークマツザカヤ」に改称しました。
そして、駅前通りにあるこの8作品が設置された1994年(平成6年)に「ロビンソン百貨店 札幌」と名前を変えました。
さらに月日は流れ、2009年(平成21年)にロビンソン百貨店が閉店したことによって、店名を「ススキノラフィラ」に改称し、2020年(令和2年)に札幌松坂屋時代から数えて46年の歴史に幕を下ろしました。
跡地には地下2階、地上18階建ての複合ビルが建設され、1〜4階に飲食店や物販店、5〜7階にTOHOシネマズ、7〜18階に東急ホテルズ系のホテルが入る予定です。
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また、さっぽろ雪まつりのススキノ会場については「氷を楽しむ」ことをテーマに、氷の中に鮭や蟹など北海道ならではの海産物を封じ込めた作品が並ぶことで有名な「氷の水族館」に加え、龍や鶴といった鱗や羽の一つ一つ細かく彫られた氷の彫刻が展示されており、壮大な建造物やかわいいマスコットを模した雪像群が展示される大通公園会場とはひと味違った、繊細さや緻密さが詰まった作品が展示されております。
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駅前通りにある8作品は、前回の記事でご紹介した安田侃さんの作品のように一際目立つわけでも待ち合わせ場所にされることもなく、「なんか見たことあるなぁ」程度の人がほとんどであり、立ち止まってじっくり見る人はあまりいないのではないかと考えます。
しかし、彼らはロビンソンからススキノラフィラに変わる瞬間や雪まつりの氷像が作られたり、壊されたりする瞬間、そして、そこへ足を運ぶ人や駅前通りを通る人を29~30年間じっくりと見守ってきたと思います。
この8作品の存在を知り実際に見に行った私は、誰にも注目されずともその場所を静かに見守ってきた彼らをススキノの道祖神のような存在だと思い、以降は彼らのことを少し意識して歩くようになりました。
駅前通りにこの8作品が設置されてから約30年間、ここの彫刻たちはロビンソン時代から買い物へ向かう人々や雪まつりが終わると消えてしまう同じ彫刻の仲間を、そして年々進化していくさっぽろ雪まつりをどんな気持ちで見守ってきたのか。思いを馳せながら、飲み会後の帰り道を歩いてみてもいいかもしれませんね。
ニッカウヰスキーの看板
お次はススキノ交差点の顔とも言える、ニッカおじさんの看板です!
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街:日本有数の歓楽街であるススキノの中心地として、昼夜問わず煌びやかな姿を見せてくれる「ススキノ交差点」。
そこを代表するものと言えば、通称「ニッカおじさん」で愛される、ニッカウヰスキーの看板でしょう。
「え?これも美術作品なの?」と思う方もいるでしょうが、そうなのです。詳しくは美術研究会さんの解説を見てください。
ススキノ交差点について
街:まずは、ススキノ交差点について説明しましょう。
ススキノ交差点は、駅前通りと南4条通り(月寒通)の交差点の名称です。
観光地の一つとして重要であることから、それまでの「南4条西3丁目」と「南4条西4丁目」の交差点名標識を「すすきの」に統一したことに由来します。また、かつてススキノラフィラが入居していたビル名が「ススキノ十字街ビル」という名前だったことから、ススキノ十字街とも呼ばれていたのかもしれませんね。
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ニッカウヰスキーの看板について
街:さて、本題のすすきのビルにかかるニッカおじさんの看板ですが、1972年(昭和47年)の札幌オリンピックの開催を控えた1969年(昭和44年)にすすきのビル建設と同時に設置されました。
しかし、1986年(昭和61年)、2002年(平成14年)、2013年(平成25年)とデザインが三度変わっており、今現在のデザインは2013年の4代目のデザインとなっております。
また、三度のデザイン変更の間にバブル期を代表するネオン管から蛍光灯へ移り変わり、省エネ時代の2019年(令和元年)にはLED照明に切り替わりました。
1969年に設置されてから今年で54年目、ニッカおじさんは半世紀以上に渡って、山から谷のように変わりゆく街並みや日本経済などに合わせ、三度のデザインと照明器具の変更がなされましたが、変わらない眼差しと変わらない場所でススキノに娯楽を求める人々を静かに見てきたと思います。
そう思うと先ほどの8作品がススキノの道祖神ならば、ニッカウヰスキーの看板はススキノの山河だと私は思います。
「なんだそれ?」と思った方もいるでしょう。「国破れて山河あり」の山河から取りました。
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そんな、不易流行を体現したようなニッカおじさんが昭和・平成・令和と、これまで見てきた眠らない街の風景を想像しながらススキノ交差点(ススキノ十字街)を歩くのもいいかもしれませんね。
ちなみに、夜のニッカウヰスキーの看板の背景色は10秒間隔でコロコロ変わります。
それでは、美術研究会さんにバトンタッチします。
美:すすきのといえば、この巨大なおじさまの看板ですね。
すすきののど真ん中で圧倒的な存在感を放つこのヒゲのおじさまは、グラフィックデザイナー大高重治さんが手掛けた作品です。
大高さんは商業デザインの天才と呼ばれ、「のりたま」(丸美屋食品工業)や日本酒「松竹梅」(宝酒造)など長きにわたり愛されている商品のパッケージデザインを生み出してきました。
この看板のおじさまも、彼の手によって、北海道を代表するお酒の一つである「ブラックニッカウヰスキー」のラベルデザインとして誕生し、『キング・オブ・ブレンダーズ』と名づけられました。
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この作品は、白の背景、中心にステンドグラス調の人物、下部には赤文字で「NIKKA」と配置された構成となっています。人物画というだけでもインパクトは大きいのですが、この存在感の鍵はその配色にも隠されているのではないかと思います。
全体的に彩度が高く、明度の異なる三原色がステンドグラスに閉じ込められています。色数のシンプルさとビビッドな色遣いが目を引き、明暗の使い分けが醸し出す味わい深さが強く印象に残り、一度見たら忘れられないような作品となっています。
もちろんそのこだわりは大高さんご本人のみぞ知るというところではありますが、ご存命ならば聞いてみたかったですね。
昼間は静かな時間が流れるすすきのですが、並ぶビルの壁にはニッカの他にも多くの電飾看板が掲出されており、夜にはキラキラと華やかな景観が見られます。昔とは広告の内容もガラリと変わり、今風のオシャレな看板が多くなりましたが、その中でもこのニッカの看板はさほど劇的な変化はなく、すすきのの街を優しく穏やかに見守り続けています。
地元の方だけでなく、観光客の方にも昼と夜のニッカ、そしてニッカ周辺の景観を対比して見てもらいたいです。
【マチブラメモ】ススキノ十字街が出てきましたが、札幌の「十字街」という名前で有名なのはパルコや三越、そしてかつては若者ファッションの中心だった4丁目プラザが並んでいた「4丁目十字街」だと思います。
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まとめ
それまでススキノの商業施設の旗艦とも言える「ススキノラフィラ」が閉店してから3年が経ちます。
そして、ススキノラフィラ跡地に建つ建物が今年の冬に開業予定です。
新しい建物内の飲食店を求めて来る人やテナントホテルの宿泊客など道内外から多くの人々が訪れ、開業した後のススキノの様子は今現在よりも賑やかになると思います。
これを読んでくださっているあなたも、きっと新しい建物に行くでしょう。
その時に、この記事に書かれてあったススキノの道祖神やススキノの山河を思い出し、駅前通りやススキノ交差点へ足を運んでくださると嬉しいです。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第3部の「大通・札幌駅編」に続きます。そちらも合わせて読んでくださると嬉しいです。
それでは、良いマチブライフを・・・・・・