MSCA Postdoctoral Fellowships とエストニア
はじめに
2024年10月から2年間EstoniaのTallinn Universityに2年間のPostdoctoral fellowとして赴任することになった、学際分野研究者。
これまでの経緯と研究と、そしてEstoniaの生活の諸々を個人的な記録としてまとめるために始めてみました。
これまで
日本国内のテニュアポジションとメンタル
2020年に着任した国内のテニュア(正確にいえば5年更新、定年まで更新可能)を4年で辞めた。
公募を通過した時は、これでひとまず自身の公募の旅は危機的状況を脱し、生活と心の平穏が訪れたと思っていたが、どうもそう上手くも行かないようだ。
先方複数人からはその扱いはコロナ禍だったからだと言われ続けたが、いわゆる“仕事を教えない”タイプのハラスメントに始まり、誹謗中傷、当然受けられるはずの権利の不提供(海外学振の応募はできないと拒否、採択されても給与は代打を雇うための資金として大学に支払うことを要求、産前休暇日開始以降の業務の要求)と、様々なことが重なった。
これは個人が主観で書いているものなので、自身にも非がなかったのかと言ったら完全には“なかった”と断定できないが、受けたことの事実が常に鎌鼬のように何処からともなく心をズタズタにしていき、出産後職場に戻れなくなった。
これまでなんとか耐えてきた体力もメンタルも子どもに割くリソースが予想を超え、気づけば戻れるだけの心身の余裕がなくなっているのに気づいた。子育ても含め全て見立てが甘かったと、ポジションさえあれば研究が続けられると思ったのは大間違いであった。
同時に前職がとても恵まれた環境であったことに気付かされ、これがいわゆる赴任先ガチャというやつかとも感じたものの、もとより居場所の少ない学際研究、だからこそポジションを離れるなんて思ってもみなかった。
辞職と次の行き先を探す
病院にも通い、でもどうもこのままでは仕事も続けられそうにないと、出産後仕事を辞めた。これは外から見たら、出産して給付金だけ受け取って辞めたやつに見えるだろう。悔しくやりきれないが、辞めたことは事実である。どう判断されても理由を話すことなど、それが書面上の情報であれば叶う訳もない。
日本で働くのは心が落ち着くまでは難しいと、世界で類似の研究をする研究者の所属を無心で調べていた。海外留学は学生時優秀でもなければ、資金もなくこれまで一度も研究を目的にした渡航を実現できていなかったのと、加えて分野があまりにも新興分野で海外でも近似分野の拠点は僅かであったため、現実逃避のつもりで、インド発祥の世界中のScholarshipやFellowshipを検索できるWe Make Scholarsを眺め、その僅かに引っかかる機会を探っていた。そして世界中から応募ができ、資金が潤沢に提供されるMarie Skłodowska-Curie Actions Postdoctoral Fellowshipsの情報にぶつかったのはその夢想の最中であった。
MSCAに応募する
MSCA PFについては、過去の採択者の方が細やかに記事にしているので割愛するが、いわゆる日本の海外学振のヨーロッパバージョンである。
上記、Nakoko Iwata氏の記事にもあるように本来は1年近くかけて準備をするほどの申請書の量であり、採択されること自体がとても名誉なFellowshipsである。しかし私がMSCAに気づいたのは7月半ば、締め切りは9月上旬であった。
申請もいわゆる学振PDや海外学振と同様、希望する大学のPIに許可をもらい申請書はその大学から提出をしてもらう形をとる。
自身の研究と近い研究チームを束ねているプロジェクトのPIがEstoniaのTallinn Universityにいたため、彼女に連絡をとってみると、
“もう間に合わない”
と言われたが、出すだけ出したいと懇願。大学で書類の対応を行なってもらいながら不慣れな国外の申請書と格闘し、新しくQualitative approaches を学ぶための計画を記した申請書をやっとの思いの書き上げたのは、締め切りギリギリのことだった。
(注:EUから離脱した関係でイギリスの大学への申請は色々と難しいこともあるそうで、私が申請する年にはイギリス国内の大学を赴任先に指定した応募が可能となっていましたが、£対¥が£1>¥200を超える状況になっていたため諦めました。
また、現在所属するTallinn Universityでは、分野にもよりますがMSCAの申請書を書くための5日間の特別指導を受けられるプログラムがあり、滞在費と渡航費支給で世界中から参加者を募集しています。大学によっては受け入れ人数を制限していたり、既にある程度決まったテーマで大学側が募集している場合もあるので、EURAXESSを活用し2月以降から調べ始めると色々な情報に出会えるかもしれません。)
スコアとセカンドチャンス
これまで量を主体にしていた自身が質の研究をしたいと書いた申請書は、今見ると質の視点で書かれてないことに大いに気付かされる。視点や問題点は評価されたものの、そのほかの甘さがスコアに反映され戻ってきたのは年が明けた2月下旬だった。
100点満点の採点で、90点でも分野によっては不採択になるほど厳しい申請書で、90点の大台にもスコアを伸ばすことができず、今年は1年かけて準備するかと思い始めた時、各国でスコアを使ったセカンドチャンスを設けていることを現地大学のサポートスタッフより知らされた。
おそらく日本語の情報だと、MSCAについての説明と採択者の方のブログが数点出てくるのがせいぜいで、この不採択スコアを使ったFellowshipsの情報はおそらく皆無と思われる。今回このエントリーを書いてみたのは、この情報を日本語で残すためである。
こちらは欧州各国がMSCA不採択者に同等程度のサポートを用意したセカンドチャンス施策のFellowshipsであり、応募国の施策を活用することが可能となっている(施策提供がない国もあります)。Estoniaはスコアの情報と研究の内容を別のオンラインフォーマットに記入し(エストニア語での記入も必要であったため、PIにお願いしました)、再提出をするのみ。
そして有難いことにEstonian Research Councilのサポート受け2年間のFellowshipを受給することが決定、10月現在無事に赴任し毎日試行錯誤しながら再度研究をする日々に戻ることができている。
これから
2年後の予定は未定、今後また無職の可能性がチラつく任期付きのポジションに戻ってきたが、心を落ち着けて研究ができる環境の稀有さに感謝しても仕切れない程である。
ここからは少しずつ現地の生活と、Horizon Europeをはじめ欧州の研究事情についても余裕をみて書いていければと思っている。
全てはたわいもない独り言だが、一人の個人的な経験が誰かの何かの役に立てればそれは本望であり、そうであることを願っている。
※ MSCA PFもセカンドチャンス施策も学振PDよりも潤沢な資金で提供されるため、海外での研究経験・研鑽を諦めてしまった人も現在は博士卒後8年までは応募が可能なので(出産等の離脱経験を差し引くことが出来ます、またこの期間は変わることもあるので注視が必要です)、是非とも検討してみてください。特に小さいなお子さん、またご家族がいる方でもMSCA PFは家族手当も毎月支給されます。多くの研究者が自身の希望の研究場所に向かえるように心より願っております。