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ちょっと呼ばれてハッピーアワー

 渋谷に住んでる友達が、広尾の知り合いのチーズやさんに行くから、そこで一杯飲まないかとLINEしてくる。小春日和のレイジーな土曜日。友達は年始のお客さん用の買い出しに行くとかだけど、店のコーナーがバーになっていてワインとチーズを楽しめるらしい。広尾のマンションに住んでる私は、行く行く、とLINEする。家族の夕食の支度前に一杯。5時過ぎだからお酒が安いハッピーアワーかもしれない。
 ちょっと呼ばれてハッピーアワー。
 これがないと、女は生きていけない。と言うのが一般化しすぎなら、私も含めた多くの女が。
 ニットにデニムに、おしゃれといえばマリア・ブラックの大きめのイヤリングだけつけて出かけたそのチーズやさんは、店は小さいながら地下にチーズルームがあるような本格的な店。イタリアチーズがメインで、ひんやりしたチーズルームには熟成したホールのと言うのか丸ごとの分厚い円盤のようなパルミジャーノ レッジャーノが、ずらりと棚に並んでいる。スパークリングワインで軽く楽しむなら、若いパルミジャーノがおすすめと、友達の知り合いという店の男性に言われて、そのセットで行くことにする。
 シャンパングラスで乾杯。辛口のプロセッコのキリリとした泡で気分をリフレッシュしてから、お互いの状況報告。最近、長年のパートナーと別れた彼女は、知人の紹介で同世代の男性とデートしたという。彼女は高校時代からの友達だが、50代になっても恋愛の話は続く。50代で新たにパートナーを探すのって20代の頃とはここが違って難しいのだと。30代で結婚した私は、ふむふむと頷きながら昔の記憶を引っ張り出したり想像力を巡らせたり。学生時代は遊びと恋愛の話ばっかりだったが、社会人になれば仕事もメイントピックだし、最近は親の体調の問題も、自分の体力の低下も大事な話題だ。自分の中だけでは抱えきれない迷いや悩みや重い話もプロセッコの泡と共に言葉に乗せれば、軽やかさを持って友人と共有されていく。
 こうやって、ちょっと呼ばれてハッピーアワー。つまり、友人と年中気軽に会って、飲んで笑いながら今起きてることをおしゃべりする。これが、私にとっては人とつながっているという大事な感覚だ。共通項の多い友達の似た体験や共感によって、自分一人だけの問題でもなく、自分だけの悩みでもないと改めて気づき、あっという間に心も軽くなっていく。相手もお酒好きなら最高だし、美味しいもの好きならもっといい。悩みの一つや二つあっても陽気で豊かな共有の集いになる。おそらく多くの女性はそうなのではないかしら。あのSATCみたいな。あの4人のニューヨーカーも、年中会ってワインやシャンパンを片手におしゃべりばかりしていたではないか。
 そういえば子供の頃は、学校帰りのファーストフードやカフェがその場所だったけれど、やがてお酒という陽気に心を開く媒体を手に入れ、女の子たちはずっとずっとそうやっておしゃべりして生きていくのだ。ほとんどの夫、つまりほとんどの男性は、妻がだらだらおしゃべりして共有して共感してもらうだけでハッピーだと理解できないから、聞くのを面倒がったり、聞いたら聞いたで求めてないアドバイスをくれたりするのだもの。恋人の頃は聞くふりくらいはしてくれるかもしれないけど、結婚すると、やがて双方、男と女の違いに気づいて実際的な方法に出る。
 つまり私は、ちょっと呼ばれてハッピーアワーに、うきうきと出かけていく。

#いい時間とお酒

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