思い出の建物
毎朝10時ごろ銀座線の銀座駅に到着
松屋デパートの地下入口が開くのと一緒に飛び込み
イクラのおにぎり1つと穴子の天ぷらを1つ
それだけを買って地上へ
ジーパン姿の私は銀座の大通りを
一丁目に向かって走ります
デザイン系の専門学校へ通っていた私は
とにかくいつまでも働きたくなくて
卒業の年を迎えても就職活動を一切しませんでした
卒業を目の前にした2月
母親と同年輩の女性講師が
〝就職決まってるの?〟と聞いてきました
〝いえ…〟とふてぶてしく答えると
〝うちに来る?〟と…
即答で〝はい行きます〟と言うと
〝ちょっとは考えなさいよ!〟と
江戸っ子らしくいろいろまくし立てられました
仕事内容や給与や保険関係など
全く聞きもしない無頓着な私の事が
とても心配になったそうです
4月から行けばいいのね…ぐらいの私に
〝1度見に来なさい!〟と
住所や行き方を書いた紙を渡してくれました
銀座一丁目『奥野ビル』3階の一室
ご存知の方はご存知の〝あの〟奥野ビルです
https://www.nippon.com/ja/guide-to-japan/gu900067/
私はそこで1年と4ヶ月
オートクチュールのアトリエで
お針子さんをしていました
あの建物が大事にされて
お洒落な事になっているのを知ったのは
ほんの数年前の事です
もちろん当時も手動の扉のエレベーターや
床も壁も階段も何もかもレトロで素敵な建物でした
でも1階にはや○○の事務所があったし
レトロと言えば聞こえは良いけれど
要は古い建物で陰気臭い印象
階ごとにある共同のトイレは怖かったし
アトリエの中では吸えない煙草を
階段の踊り場で
クモの巣を眺めながら吸っていました
〝306号室プロジェクト〟と銘打って
最後の〝住人〟の部屋を大切に残しているんですね
その部屋のすぐそばにいました
美容室の看板が出ていた記憶があります
先生がシャンプーをしてもらっていましたね
ネットで見る建物の外観や内部の様子
懐かしいような寂しいような
不思議な気分になります
私がいた時の『奥野ビル』で
あるような
ないような…
行きたいような
行きたくないような…