降って湧いたお役目2話【第2話 洋品店編】(1996年27歳)
25年以上前のサラリーマン時代。職場(企画課)の服装は、今で言うオフィスカジュアルであった。
とは言え、業務上ある程度のカチッとした服も着なければならない時もあり、それが私を悩ませた。
何故なら、サラリーマンの勝負服であるスーツが絶望的に似合わないのだ。
第一、体型に合うものが圧倒的に少ないし(多分原因は広い肩幅)、スーツの長所である「馬子にも衣装」的効果を以てしても、私の素朴さを打ち消すことは出来ない。それどころか、それぞれの長所を相殺した上に、互いにくすむのだ(どうして…)。
加えて、窮屈な着用感で、逆に仕事に集中出来ないのも私には苦々しい。のびのび動けず、やさぐれさえする。
とにかく、着ていてものすごくつまらないのだ。
なのに、仕事にはどうしても必要不可欠。
だったら、今後のためにこれぞというものが欲しい。
「着やすくて私らしくいられる、それでいてある程度カチッと見える。そんなグレーゾーンなデザインのものはないだろうか……」
私は配属後早々に願い、ぼんやりとしたイメージのままなんとなく探し続けた。
……されど、そう簡単には見つからず。
結局普通のスーツに甘んじ、「カチッとせねば業務」を悶々と切り抜けていたのだった。
そしたら、入社4年目。遅まきながら、いよいよ本腰で探さなければならぬような局面を迎えた。
起因は、2ヶ月後に控えた「顧客の皆さまを招いてのグループインタビュー」。
当時会社史上初であり、企業イメージを背負っての任務となるため、「ある程度のカチッと服」が必要となったのだ。
「おお、こりゃ大変!だったらもう、探してる時間もないし、普通のスーツでいいよね、嫌だけど……」
残業続きで疲れ果てた脳は、ぐったりそうつぶやいた。
しかし、まだフレッシュだったマイハートがすかさず反論。
「スーツだと、カチッとしすぎてお互い緊張しちゃうかもよ?お客さまに忌憚のないご意見をどんどん出していただくためには、インタビューするこちら側も好きな服を着てリラックスして臨むことが大切なんじゃない?楽しい場の雰囲気づくりって大事じゃない?」
「……な、なるほど。確かに」
謎の情熱に押し流された脳は納得し、すぐさま私に指示。本気の服探しがスタートしたのだった。
……が、やはり見つけることができない。残業と休日出勤で買い物自体がままならないので無理もない。
どんどん近づくXデー。焦りが心ににじり寄る。
そんなある日。外出先から直帰OKとなった日があった。
自宅の最寄り駅に到着しても、まだ17時半すぎである。
「やったーー!こんなに明るいうちに仕事から解放されたー!」
歓喜に沸く私は、そりゃもう帰宅で頭が一杯。すっかり服探しのことなど忘れ、駅から少し離れたバス停へと急いだ。
バス停までは、いつもの商店街を行く。
そして、いつもとは全く異なる光景に驚愕する。
「おおっ!なんとエネルギッシュ!夜と全然違うじゃんか!」
通りに溢れ返る人々の賑わいと、あちこちから漂う美味しそうなおかずたちの匂い。初めて見るオープン状態のお店の数々。漏れる灯り……。
それら全てがイキイキと躍動し、まさにキラキラと輝いていた。
「へええええ~!」
歩く速度を緩め、キョロキョロしながら辺りの活気を味わう。
……とそこで、個店らしきお洋服屋さんがふと目にとまった。
ドアは開けっ放しで、店先にも服がかかったハンガーがいくつか並んでいる。
「あ、そう言えば、服を探すんだったっけ!」
重要任務を思い出した私は、お店のオープンな雰囲気に何となくつられ、フラリと足を踏み入れた。
しかし、直後にちょっと後悔。
と言うのも、よくよく見るとマダム服がメインの品揃えだったのだ。
見ている分には華やかで個性的だが、20代の私にはちょっと着こなしが難しそうだし、値段も少々お高め。
ただ、ある程度のきちんと感はあるので、着こなせそうなものをちょっとだけ探してみることにした。
ほのかな希望を胸に、あらためて店内を見回す。
街の洋品店っぽくはあるが、そこそこ広く、かなりの品数がハンガーにビッシリとかけられている。
先客は無く、黙々と作業中の女性店員さんがレジにおひとり。私に気がつくと、手を止めて近づき、気さくに話しかけて来られた。
年齢は私より10程年上であろうか。お話が面白くて、とても気持ちの良い方であった。そして、なによりありがたかったのは、少しだけ接客された後は、即刻レジに戻り作業を再開されたこと。
おかげで私は、集中してザババババッとハンガーをかき分け、心置きなく物色出来たのであった。
そこへ程なく、ひとりの女性客が来店した。
私より少しばかり年上だろうか。静かに服を選んでいる様子が目の端にチラと映った。……が、特段気になることも無く、私はすぐに服選びに再没頭。試着用に何点かを選抜した。
そんな矢先、突然店員さんが叫んだ。
「あーっ!!すみません!!ちょっと店番お願いします!あの人、万引き!万引きした!」
「は!?」
唖然とする私。しかし店員さんは、そんな私に構うことなく目の前を素早く駆け抜け、バタバタと店を出て行かれてしまった。
「………………」
事態がのみ込めず、衝撃だけが私の中を駆け巡る。
混乱する脳。棒立ちの体。店内(犯行現場)に私ひとりというシュールな状況……。
「……ま、ま、ま、万引き!?ええー!さっきの人が!?そこまで広くないこのスペースで!?店員さんも私も居たのに!?」
「でもって、この一大事にのんびり店番をしているだけでいいの?何か他に協力できる事は?」
「いや、でもちょっと待て。私にお店を任せて大丈夫!?」
そんなことをグルグル考えながら、服選びもせず、呆然と店員さんの帰りを待つ。
……それから10分が経った頃であろうか……。私にはとても長く感じたのだが、ようやく店員さんが息を切らして戻って来られた。
どうやら取り逃がしてしまったらしい。
悔しさとショックを隠せない店員さんに、同じく動揺が止まらぬ私は、精一杯の言葉をかけた。
そして、第1候補として選んでいた淡いピンクのセットアップをササッと試着。購入してお店を後にした。
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後日、私はその服を着用し、無事グループインタビューを終えることが出来た。
なかなかのマダムデザインだったため、着るには少々勇気はいったものの、気持ちが明るくなったし、事後のお客様アンケートでは楽しかったとコメントをいただけたので、よい買い物をしたと思った。
ただ、クローゼットでその服を見る度に「あの万引きの件はどうなったのだろう。私がこの服を買ったことで、少しは店員さんの気が紛れただろうか……」などという気持ちも同時発生。
万引きショックの余波はクローゼットという思わぬ場所でしばらく続き、もはや複雑な思い出の品となったのであった。
ここまでご覧くださいましてありがとうございました。
余談もあるのですが、長くなるため次回更新します。
良かったらそちらもご覧ください (/ω\)
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