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【映画評】 アッシュ・メイフェア『第三夫人と髪飾り』
外作品の邦題について考えさせられることがある。この場合の「考えさせる」とは、邦題の魅力とともに異和としてということである。
ベトナム映画アッシュ・メイフェア『第三夫人と髪飾り』(2018)の原題に「髪飾り」はない。原題は「Người vợ thứ ba」である。ネットで調べると、「第三夫人」という意味のようだ。英題はベトナムのタイトルの直訳である「The Third Wife」。邦題では原題「第三夫人」に「髪飾り」が併置されている。フェルメールを想像する邦題である。配給会社としても、「第三夫人」では意味の直接性が強いため、「髪飾り」を併置させることで、観客の眼差しを和らげようとしたのだろう。だが、フェルメール的な言葉を併置させるのなら、作品の内容から「首飾り」でもよかったのではないかと思う。主人公(第三夫人)であるメイ(グエン・フオン・チャー・ミー)が嫁入りでつけていた首飾り、そして第一夫人の息子の元へ嫁入りした少女の首飾り。少女の首飾りは、その出現の時点で、将来の自死(首吊り)を暗示しているのではないかと思うからである。
わたしは本作を見るのは二度目である。一度目は台北で。そのときの中国語タイトルは『落紅』だった。
本作の内容と「落紅」を照らし合わせると、妊娠、出血、死という意味を見出すことができる。そのため、原題よりも邦題よりも、「落紅」ははるかにリアルである。中国語「落紅」には妊娠という意味がある。本作の場合、流れ落ちる血や死という多義性としての表象でもある。
原題と英題はともに『第三夫人』。このタイトルには主人公の立ち位置の直接性があるのだが、中国語タイトル『落紅』の素晴らしさは示唆的・暗喩的で、主人公に止まらず、作品に重層的な膨らみをもたせる登場するすべての女たちの運命をも表出しているようで感動を覚えた。
本作を見ると、同じくベトナム映画であるトラン・アン・ユン『青いパパイヤの香り』(1993)を思い出す。それは、『青いパパイヤ…』で主演したトラン・ヌー・イエンが第一夫人として出演しているからではない。両作品とも、ベトナムの湿度を感じさせるしっとりとしたゆるやかなカメラワーク、色調がある。それだけではない。被写界深度の〈深かい/浅い〉に、主人公の眼を感じるからだ。この眼の深度には、14歳で第三夫人となった主人公の全てが滲み出ている。
さて、眼の深度なのだが、三人(第一夫人、第二夫人、第三夫人)の眼差しはひとりの男に向けられるのではない。彼女らの眼差しが互いに交差し、そのこと自体が家族、もしくは家となる。
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封建制における主(=男)と従(=女)。ここで、主を単数者(=家父長)、従を複数者(=三人の夫人たち)だとし、それぞれの登場人物の視線のベクトルを考えてみる。すると、単数者の視線は、公平でないとしても複数者へと注がれる。だが、複数者の視線は単数者へと向かうと同時に、他の複数者へと向かう。それは複数者の中の主従、つまり「第一夫人>第二夫人>第三夫人」としてあるのではなく、愛としてあることとで、複数者たちの苦しみは深くなる。単数者である主へと向かう愛、そして複数者内での愛(=レスビアン)の苦悩がフレームから滲み出してくるようだ。
ここに、繭という表象が出現する。これは枝優花『少女邂逅』(2017)でも見るのだが、アシュ・メイフェアも女性監督。性差のカテゴライズは無意味、異和、なのかもしれないのだが、血と繭を、対立項〈紅/白〉として見るのではなく、交差と見る感性が本作にはあり、わたしもその感性を持ちたいと思った。
本作を見ながら、『第三夫人と髪飾り』に流れる肌を撫でる湿気は、血と繭の交差から滲んでくるものなのかもしれない、とも思った。
『青いパパイヤ…』の監督トラン・アン・ユンは溝口健二の影響を自ら述べているが、アシュ・メイフェアも、溝口の遺伝子を確実に受け継いでいる。
(日曜映画批評:衣川正和 🌱kinugawa)
アッシュ・メイフェア『第三夫人と髪飾り』予告編
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