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淡々と。

 ただいま電車の中。唐突に日記を書き始める。
今日は自分にとってはなかなかの行動力に溢れた1日だった。
 まず午前中。就活支援団体のメンターである先輩と初めての面談をした。zoom越しでの初対面である。パソコンに写った自分の顔は塗りすぎたハイライトによっていやにてかてかと光っていた。はて、鼻筋に光源でも埋めてしまったのだろうか、そんな具合。巻きすぎた前髪の毛先は若干下からのアングルによって眉の上に鎮座していた。そんな顔と先輩の顔を交互に見つめて、就活に対する率直な疑問や不安をぶつけさせてもらった。
 まとめれば、今は自己分析と学生時代に力を入れたことが自分にとってなにか(通称ガクチカ)を考えていく時期だという。また業界を広めに見ていかなければならないとも。視野狭窄に陥ってはならない。早め早めの行動が後の自分を救うと知った。強く仰っていたので経験則から言ってこれは真実なのだろう。先人の教えには黙って確実に従うに限る。元来将来のことを恐れすぎる私である。その恐怖を少しでも和らげるべく、そして職を見つけるべく動かねばなるまい。よし、やるぞ。やりますからね。
 そんなこんなで面談を終えたあと、何をしただろうか。そう、なんとAmazon primeに溺れていた。何を聞いていたんだ私は。ダメじゃないか。なぜヒロアカ2話分、呪術4話分いきなり見たのだ。あまりに愚かな人間。怠惰な人間。でもやめられない。ジャンプは正義なのである。
 次、私は何をしたか。重すぎる腰をどうにか上げ、かねてより予定していた皮膚科に向かうことを決心した。メイクを直し、髪を整え、自転車の鍵を握って部屋を出た。電車では以前のバイト先でお世話になったパートさんと再会した。下校中の高校生で混雑した車内ではお孫さんもいらっしゃるという彼女の声はマスクと喧騒にかき消されほとんど聞こえなかった。曖昧な相槌と愛想笑いを繰り返した。
 駅に着いたあと、私は証明写真機を探してひたすら歩いた。みどりの窓口で場所を尋ね、教えられたビックカメラの清掃の方にさらに尋ね、なんとかたどり着いた。一連の動作をこなし、手にしたのはどこぞの悪人かが8人印刷されたツヤツヤの紙。私は請求された700円のみならず、覚悟していた以上の多大な代償を払っていた。
 鬱々とした気持ちを抱え皮膚科に向かった。43分待った。診察は3分で終わった。20分待った。840円払った。経過は良好らしかった。
 さて、この時点で18時近くなっていた。駅に戻るついでに今日シフトが入っている友人のためにスタバに向かった。前々から誘われていたのである。意気揚々と向かうと友人がそこにいた。何やら同僚の店員と話し込んでいるようだった。気づいてくれるかな、と恐る恐る店内に入った。気づいて貰えなかった。一人でスタバに入ったのは初めてであった。注文する場所から分からなかった。やむなく友人に話しかけると教えてくれた。驚いた表情をしていた。隣の店員は笑っていた。いや、あれは笑っていたのだろうか。もしかすると嗤っていたのかもしれない。
 メニュー表を見てもどれもそそられなかった。そもそも目的は友人に注文を取ってもらうことにあったからだ。なんだかよく分からなかったので比較的安価なドリンクを「じゃあこれで」と、指差した。506円だったと思う。商品名にしては長すぎる呪文を唱えられた。もはや消えてしまおうかと思った。さて、友人が作ってくれるのかな、と楽しみにすればそうではなかった。そこは頼むから作ってくれよ、と視線を送ったが、働き始めてまだ1ヶ月程の彼女には勉強することが沢山あるようで、先程同様熱心に指導を受けていた。
 程なくして商品を受け取った。ストローがなかった。なるほどそうきたか、とさりげなく泳がせた目で必死にストローの在処を探した。席についてるのかと思ったが違った。それはそうだ、何しろここはスターバックスなのだから。定食屋の割り箸や爪楊枝のようにはあるまい。泳がせた視線は数回友人を捕らえたが彼女は助けてくれない。邪魔をしてはいけない、と移動した先でようやく見つけた。
 このまま帰っては損をした気分になってしまうのでせいぜい楽しんでやるぞ、と空いてる席に着き読みかけの小説を開いた。ゼミで半ば強制的に読ませられている乱歩の短編集だ。『白昼夢』を読み切ってぞっとし、『屋根裏の散歩者』を途中まで読んだところで19時になっていた。やっとの末で頼んだ冷たくて甘い液体は席についてすぐ、とっくの昔に無くなっていた。溶けた氷で薄まった残滓をズズッと吸いあげ、帰ることにした。去り際、友人にはガッツポーズでエールを送った。
 そうして今、まもなく電車は駅に着く。今晩は何を食べようか。何かガツンとしたものがいい。そうだ、馴染みの店に行くとしよう。卓食コショーや醤油、箸、楊枝がテーブルに置かれた雑で親切なあの店に。今日は何味の唐揚げかな。

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