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再出発はいつもやよい軒

涙の味がとまらない。
楽しみにしていたはずの〆の出汁茶漬けが涙味になって景色がにじむ。

そういえば数ヶ月前もそうだった。

その時、旦那さんと大喧嘩をして話し合いをした末に私はアパートを出てしばらくホテル住まいをしていた。
きっかけは旦那さんの飲酒時のモラハラ。
耐えられない言葉の数々だった。
好きになった人に言われる言葉はどれも辛くて、心のバランスを崩してしまった。
お酒を憎んでも心の傷は癒えないし、旦那さんもお酒を忘れてしまえば何に傷ついているの?とまるで他人事。


特別お金持ちな訳でもない所持金の少ない私は、細々とホテルから出社をしてこっそりとホテルへ帰る生活を続けた。知り合いを頼る術がなくもないけれど、気を遣うのに疲れてしまい出費は痛いけれど…仕方なかった。そう自分に何度も言い聞かせながら、寂しくなっていく財布をみていた。限界も近いなぁって何日か経った時に思った。

夜は仕事からホテルへ帰ると1人部屋でカップラーメンを食べて過ごす。さみしさが込み上げるといつも食べている大好きなカップラーメンが美味しいとは思えない。もごもごと口へすすった。真夜中1人になると旦那さんは今ごろどうしているのか、これからどうなるのかと不安を押し殺して過ごした。

ホテルの朝食バイキングで1日の栄養を補うべく食事をする。バイキング会場は人目があってなんだか心が落ち着く。人の気配に寂しさが紛れる時間。人の気配がするから食欲が出てくる。窓の外を行き交う通勤時間のざわめきを感じると、これからみんな出勤だ、さぁ私もがんばろう(私は午後からだけど)なんて心の中で自分を鼓舞する。
見知らぬ誰かの通勤姿に勝手に自分を投影して共鳴して1人じゃないって言い聞かせてみたりした。どうしようもなく虚しくなる日もあったけど、TVの音でもない、人が居る感覚は私が生きている証のような気がして朝食の時にホテルのスタッフへ挨拶するのが嬉しかった。

何日かして旦那さんと連絡もつかずホテル生活も金銭的に限界を迎えそう。いよいよ別居の段取りに入る為にダメもとで旦那さんにLINEを送った…。もう返信が帰ってこないLINEは何通目だろうと思いながらスマホを何度も見返した。

これからの自分を鼓舞する為に美味しい定食が食べたくなった。やっぱり人の気配がする所がよくて飲食店が並ぶ路面を車で走ると「やよい軒」が目に入った。
お腹いっぱい白いご飯が食べたいな、今は。

定食が席に届いてむしゃむしゃと食べ始めて、出汁茶漬けを食べ始めた時にスマホが鳴った。旦那さんだった。

どんな会話をしたのかあまり覚えていないけど、どうしたらやり直せるのかとお互いに考えていたのが伝わりあった気がした。その後アパートに戻ってこれからのことを何度も何度も5時間くらい話し合い、いくつかの約束をして私たちは又一緒に暮らすことにした。


涙が溢れていた。

今日ふとその事をやよい軒で思い出した。
目の前には母がいて、心配そうに顔を覗き込んでいた。
私の箸は止まっていて、目から涙が溢れている。
前回とは何かがもう明らかに違う。

あれから数ヶ月。10回に1回の辛い出来事がどんどん数字がひっくり返すように、10回に8回くらいの辛い出来事に変わっていった。旦那さんのお酒の量は減らないし、言葉の暴力は私の心を何度も切り裂いた。
偽善者ぶるな、被害者ぶるな、何度もそう言われたけど記憶のない旦那さんはまるで別人であの時の約束は夢だったのかな…って何度も思った。

私のお腹には命が宿ったけれど、状況は極めて深刻で結論は誰もが単純に喜べるものではなかった。これから沢山の決断をこなさなくちゃいけない。
今回は食事の間に旦那さんから電話はかかってこなかった。送ったLINEに既読はつかない。

好きで一緒になった人。
大好きだった人。
一緒にいて楽しい時間をくれた人。


前にやよい軒にいる時に◯◯(旦那さん)から電話がかかってきてね、って言ったらやよい軒に1人で行けるの?お腹いっぱい食べれたの?食いしん坊だなぁって、無邪気に笑った旦那さんの顔。

旦那さんの顔を思い出した分だけ辛くなる。涙を止める事が出来なくて喉が通らない。人の気配の魔法も効かない、どんどん辛くなる。
きっと泣きながら定食を食べてる気持ち悪い客だ。店員さんはいつもやさしい、気持ちよく迎えて見送ってくれる。
それだけのことと想うかもしれない、仕事の一環の挨拶でも、その爽やかさなやり取りにどれだけ救われただろう。
きっとホテルのスタッフに挨拶したのと同じ。食べて挨拶を交わすのは私が生きようとしている証だと思う。


あの時のやり直そうって願う気持ち、どうして大事にできなかったのかな。
2人でかけ違えたボタンはどんどん隙間が大きくなった。
こんな小さな家族間でさえ、衝突が繰り返されて傷つき傷つけ合う。世の中の多くの戦争や闘争、事件を見るたびに言葉の大切を感じずにはいられない。私だって相手を言葉の刃で切り裂いていないか、慎重に扱う必要がある。暴力は暴力を呼び寄せてしまう。綺麗事だと言われても人には優しさと思いやりを持って向き合える人になりたい。

今は人生をやり直せるのか不安で、希望が見いだせない。そんな私でも未来のためにできることを探している。

きっと今も再出発のときだから。
また来る時には、もう泣かずに定食味わうんだ。私は静かに心に決めた。


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chimo
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