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村上春樹氏の新作は脱構築の領域では⁉️「街とその不確かな壁」

本(街とその不確かな壁)

村上春樹氏の新作長編小説です。発売日の4月13日に買って読み始めましたが、あとがきも含めると660ページにもなるので、ゴールデンウイークも読み続けて、2週間以上かかってやっと読み終えました。

読み始めると、あとがきにも書いてあるように2つの物語が同時に進行するのは、初期の長編「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を思い出してしまいました。
2つの物語には17歳の主人公と40代半ばの主人公が登場し、壁のある街とこちらの世界、さらに自分と影の存在が、対比されながら描かれています。

2つの物語が進行しながらも、中盤は中年の主人公が就職することになった福島県の小都市にある図書館が一貫して舞台となります。ここで主人公が1つの特異な経験をする訳ですが、これはこれまでの筆者の作品でも描かれた死生観よりも、さらに突き詰めて現実感のあるものになっているのではと読みながら感じました。

それは作者が71歳の高齢になったことと当然関係性があると思いますし、17歳の主人公には無限の時間があったとする表現にも、その意図が表れていると思います。

6年前の前作「騎士団長殺し」では、物語の展開の巧みさ、ストーリーテラーとしての熟練度が筆力も伴って増したと感じましたが、今回の内容はストーリー云々を判断するには、あまりにも現実と非現実の境界が曖昧で、常識的な思考回路からの離脱を最初から求められたような気がしました。

壁のある街とこちらの街、自分と影、現実と非現実、現象と瞑想の対比、さらに生と死、これらは互いに交錯しながら物語は最後まで展開していきました。

そうなると今回の作品は現実を固定化しないきわめて哲学的な意味合いを持つ小説であり、それは現代思想の主流であるデコンストラクション(脱構築)の概念にも相通じるものではないかとも思いました。
概念の境界線を敢えて設けずに、その中間の位置での概念の拡大解釈をめざすものであり、価値観の多様性を唱えるものでもあります。

私は筆者の小説は一応全部読みましたが、過去の作品で触れたノモンハン事件や南京大虐殺などとも次元が違う、やや大げさに言ってしまえば、死生観も含めて形而上学的な領域に入ることを試みた作品であると思いました。

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