田中角栄元首相が逮捕された戦後最大の疑獄事件「ロッキード」
本(ロッキード)(敬称略。超長文失礼します)
戦後最大の疑獄事件といわれたロッキード事件を検証したノンフィクションの本です。筆者の真山仁は「ハゲタカ」などドキュメンタリータッチの小説を数多く執筆しており、元首相の田中角栄逮捕という衝撃的な結末で事件の幕が降りながら、今でも多くの謎に包まれた事件となっています。
文庫本で600ページ超の量でしたが、読みやすい文章と検証しながらの数々の仮説が繰り広げられていて、一気に読むことができました。
1976年2月の事件発覚から7月の逮捕と、約半世紀の時を経た今、単なる報道ではなく歴史的検証が可能になったとして、この本が出版されたとあります。
筆者が主張するのは、逮捕に至るまでの過程で数々の矛盾が指摘されながらも、検察の「角栄の逮捕ありき」という強引なシナリオの元に、証拠ではなく自白に頼る方法がこの事件の根底にあるとしています。
「自白は証拠の女王」という文言が出てきますが、今でも冤罪が絶えない事実を鑑みれば、こうした検察の体質が根深くあることを物語っています。
この事件が発覚したのは1976年のアメリカ上院の多国籍企業小委員会で当時のコ―チャン・ロッキード元社長が、飛行機売り込みのために日本の高官に現金を渡したと証言したことからでした。それが日本に飛び火して一大贈収賄事件に発展する訳ですが、検察が先ず目を付けたのは、当時政界のフィクサーともいわれた児玉誉士夫でしたが、田中角栄という元首相の名前が浮上すると、検察の対象は一気にそちらへと移っていきます。影のフィクサーよりも首相経験者の方が、はるかに自分たちの存在価値を高められると思ったからです。
そして上記のようなシナリオに基づく強引な捜査が行われることになります。容疑である収賄罪は金銭を受け取っただけでは成立せずに、贈賄側の意向に沿った働きかけが立証できなければ、立件できません。そこで検察がその根拠にしたのが関係者による証言でした。
先ず収賄側が働きかけをするための職務権限は、当時飛行機選定の職務権限は運輸大臣にあり、総理大臣にその権限があるかが裁判で問われました。ただそうした権限は明文化されておらず、裁判官の裁量によって判断されるというものです。
さら賄賂とされた5億円の授受が4回に分けられ、受け渡し場所もホテルの駐車場など、第三者が目撃できるなど不可解な点が、いくつも挙がってきます。
最後の解説にありましたが「フィクションとのノンフィクションの境目にある、納得させられる大胆で緻密な仮説が次々と提起される」とあります。
以下は通説も含めた筆者によるいくつかの仮説です。
・田中角栄はアメリカの犠牲になった。アメリカに先立つ中国との国交樹立や、アメリカ石油大手のメジャーに対抗する全世界からのエネルギーの確保を図ったため。
・アメリア政府と軍事産業のロッキード社との癒着により、当時のキッシンジャー国務長官がロッキード事件をもみ消すために、田中角栄を生け贄にして事件を終結させた。
・日本政府高官への賄賂はマネーロンダリングを経て、最終的にニクソンの大統領選挙資金に還流された。などなど。
首相就任からわずか2年あまりで退陣に追い込まれ、さらに逮捕された田中角栄の息の根を止めた本当の主犯は、アメリカや検察などではなく、世論だったと筆者は指摘しています。今太閤から金権政治家へと世論の評価が変貌したのが致命傷となり、さらにこうした窮地における、過去に自分が担ってきた汚れ役が、角栄にはいなかったというのも大きかったといえます。
他にも児玉誉士夫の関与に加えて、中曽根康弘や佐藤栄作といったロッキード事件と関係があったとされる人物についても、謎が残ったままです。
この本を読むと、ロッキード事件に対する疑惑は深まるばかりですが、関係者の多くが鬼籍に入った現在では、その解明も容易ではない事実があります。ただ現在の日本や世界の動向を見ても、この事件の検証は未来への教訓として、不可欠であると結論づけています。
最後に筆者が以下のように述べて、この本を締めくくっています。
「我々がいかに先入観に毒されて、真実を探ろうとする目を曇らせていたかを思い知った。知りたい情報だけ手に入ればそれで満足し、自分勝手に歴史を理解してはいけないと痛感した」