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作家今村夏子の新作短編集「とんこつQ&A」
本(とんこつQ&A)
「むらさきのスカートの女」で芥川賞を受賞した今村夏子さんの新作です。表題作も含めた4作の短編集となっています。
帯に「人間の取り返しのつかない刹那を描いた4篇」と書いてありますが、1つの嘘や偏見が、思いがけない結末をもたらすことを暗示しています。
表題作は、中華料理店の「とんこつ」で働き出した主人公が、接客がうまくできず、その打開策にと接客Q&Aのマニュアルを自分で作ってしまうというものですが、これはまだ物語の前段でしかありません。
後半さらに新しい従業員が入ってきますが、この女性が主人公以上に接客ができずに、主人公手製の接客Q&Aの登場となります。
さらにこのQ&Aが単なるマニュアルではない、その人のキャラ以上に人格をも新たに創り出してしまう想定外の展開となります。勿論主人公も、自分が作ったQ&Aがそういう展開になるとは想定すらしていませんでしたし、そうした状況から予想外の結末となります。
主人公が従業員募集の貼紙を見て働き出し、大将と息子と3人で店を切り盛りしていたのが、新しく入ってきた女性に「おかみさん」としての立ち位置が逆転してしまう訳ですが、この現象にQ&Aが大きく関わってくることになります。
自分より仕事ができなくてどんくさい人間がなぜと、当初は反発しますが、ここでもまたこのQ&Aが新たな展開に導いてくれる役割を果たします。
予想もしない展開や結末が待っているということは、主人公が勝手に描いた思惑が外れたことであり、それは勝手な思い込みだったのかもしれません。
親子2人と従業員1人の3人の人間関係が、従業員が2人となって4人の人間関係になった時、その人間関係に生じる変化は、刹那的と感じながらも、徐々に強固なものへとなっていきます。
それは主人公の思い込みに対するQ&Aからの厳しい教訓であるかもしれないのです。
他の収録作品である「嘘の道」と「良夫婦」は嘘が、「冷たい大根の煮物」は思い込み(偏見)が、それぞれのテーマとなっています。
人が抱く心のズレを、身近な人間関係を通して描いた4篇だったと思います。さらにマニュアル時代と言われて久しい中、新たな人格さえも創りだしてしまうとんこつQ&Aのマニュアルとしての完成度を、改めて実感した作品でした。