太りむすめと100人のファンたち 上
すみません、やせたガールの日常でお話を考えていたら、逆に太った百貫むすめの話がどんどん進んでしまい、ヤセたガールの日常を絡める余地がなくなってしまいました。
ですので、真逆のテーマなので、取りあげていただかなくてもけっこうですので……。
ただ、数日悩みながら書いたので思い入れもあり、没にするのはやめました。テーマ違いすみません。
※タイトル替えすみません。
「殿~、無茶な企画かと思われましたが、やりましたなあ!」
「おおー壮観じゃのう、爺よ。太りむすめが、こんなにおったとはなあ。」
「ははっ。」
「ほら、あそこのブースが紙問屋のお八重、あちらは熊野木炭の一人娘、おみつ。富くじで一世を風靡した大町屋のおさえ。あのくらいまでは、知っておったのだがのう。」
そう、ここは江戸時代、もっとも裕福だったと言われる紀州の新宮藩で行なわれている、ちょっと変わったイベント会場だ。
領主の依光は、大の太り娘好き。趣味が高じて「太りむすめフェスタ」を開催したのである。
ちなみに、うわさに聞く「百貫でぶ」を目指したのだが、今でいうところの、375キログラム。さすがに、江戸時代の日本の栄養状態でそんなに肥える娘はいない。なにせ、287キログラムの小錦よりも100キログラム近く重いことになる。
そこで、「百貫でぶ」と巷で有名な10人の娘たちを「太りむすめ」と呼び、尊きものとして愛でることにしたのである。
街角にあるブースでポーズをとる、太りむすめたちの周りには、多くの絵師が、座ったり寝ころびながら、押すな押すなのえらい騒ぎになっていた。
お客のためにも、立つのは禁止なのである。
「一般の観客たちにご迷惑をかけないようにな。」
絵師番たちが、騒ぎを収める。
「こんなおなごを描くことができるとは、人生一の神仏のご加護に違いない。」
「ああ、仏の御心とはなんと尊きことだろう。なーむー。」
絵師たちは、ただただ恍惚とした表情で、筆を走らせていた。
「爺、絵師の中にも、太りむすめ好きが多いようよのう。」
「はっ。百貫でぶでありながら、人気が高く、魅力のあるものを選びましたので……はい。」
一人ひとりのアピールタイムのつぎは、太りむすめダンス、太りむすめビンゴ大会と、盛りだくさんだ。
じゃんけん勝者の太りむすめ握手会のほか、最後には第一回キング・オブ・太りむすめも、投票で決められる予定である。
殿と爺は、太りむすめを見て回った。何とも言えない至福のときだ。
その中で、人がひときわ集まっている一角があった。
「殿! このおなごが優勝候補のひとり、奈太理亜でございます!」
「奈太理亜とな! 南蛮の女か?」
「クジラ漁の水揚げの際に、最も大きな一頭の腹を裂いたところ、奈太理亜が出てまいりまして。死にかけておりましたので、たくさんの者があれやこれやと食べ物を与えたところ、あっという間にこの状態に。」
揺れる金髪に、青い目。身長もかなり高い。そして、ほどよくついたぜい肉。異国の服がなまめかしい。
日本語がわからないので、ポーズなどはつくらない。しかしそこがいいと、お客には評判だ。
「偉人の太りむすめとは珍しいがな。」
「媚びんところがいいちや。」
「せめて一度、ふたり一緒の絵図を書いてほしかー。」
客の中には、違う藩の方言も聞こえてくる。
「太りむすめフェスタは大成功だ。ふふふ。」
爺は、胸に熱きものを感じた。
さて、町はずれに来ると、ほかの太りむすめの3倍はゆうに超える人々が集まって、ごったがえしていた。とにかくものすごい人気だ。
おつるのブースである。
おつるはお堂に捨てられたみなしごで、今も「お堂の家」で、同じみなしごたちと暮らしている異色の百貫むすめだ。
一般的に、太りむすめは、裕福な家の娘が多い。
それだけ、栄養価の高いものを食べられるからだ。みなしごという境遇でありながら、見事、太りむすめにエントリーされたおつるは異例中の異例だ。
12歳のころには身長が六尺(180センチ)に及び、また、太りやすい体質だったため、食べれば食べた分だけ太る。
また、生来、かわいらしい顔をしていたので、13歳になるころには、おいしい食べ物を持って、いい寄る男も数知れず。もらった食べものを、お堂の家に持ち帰って、皆にも食べさせていたという優しい子だ。
「あいらしかねー。」
「お、こっち見だぞ!」
「おつるさー♡」
「こ、これ読んでくれんか…。」
「よ、嫁に……。いくらでも食べてよか。」
いろんな国の方言が聞こえる。
噂をを聞いて、はるばるやってきたのだろう。
すると、海の方から駆けてくるものがいる。
「殿! 大変です! 海辺に赤クジラがやってきました!」
「ええっ。今日は寺子屋の海開きで、子どもたちは海にいるのに……。」
と、おつるは言う。
皆で急ぎ海辺に行くと、赤クジラが5~6頭、子どもたちの近くまでやってきていた。
「おつるー! 助けてえ!」
赤クジラは、人を食べないが、からだをじわじわ溶かす赤クジラ液を出すのだ。
おつるはすうっと息を吸って、ふうっと吐くと、にっこりとほほえんで、言った。
「みんな、今行くわ! 大丈夫よ。」
おつるが、海に入っていった。
「わたしのからだはよく浮くから、みんな乗りなさい~。」
子どもたちが、おつるのからだに登っていく。
しかし、子どもは約八十人もいるのだ。
「太りむすめのからだが、それほど浮くわけがない。おつるさんは、子どもたちの踏み台になる気だ!」
「お、おつる殿、わしも行くぞー。」
「わいもじゃあー。」
「おつるさのためなら、なんでもできるさー。」
「おいが助ける。だから嫁に来てくれー。」
100人ものファンが、命を顧みず海に入り、おつるのほうへ集まっていった。そして、おつるを中心に、ぐるっと大きなの人の輪を作った。
「さあ、早く上に乗って!」
泳ぎつかれて沈みかけている子どもに、おつるが声をかける。周りを囲んでいる人の手が、子どもたちを上に上げる。
しかし、海にはもう沈んでしまいそうな子どもが、三十人ほどいて、もう波にのまれそうになっている。
すると。
「わたしたちも、よく浮くわよ!」
なんと、ほかの百貫むすめたちも、ひとり、またひとりと飛び込んでいく。
ひとりにつき、数十人の命がけのファンとともに。
残った子どもたちが、近くの百貫むすめの上に登っていった。
ちょうどそのころ、赤クジラ液がひっそりと、おつるたちのほうへ流れてきた。
(つづく)