れなちゃんが得意な「そすうドッジボール」で、思わぬ事件が勃発!?
今日は、夏休み前の保護者会だった。れなたちは、おかあさんたちが出てくるのを、校庭でドッチボールをしながら、待っていた。
「あ、ママー! ほごしゃかい、おわったのー!」
ママたちが出てくるのを、真っ先に気づいたのは、れなだった、。
「おわったわよー。今日は、どんな遊びをしていたの?」
ニコニコしながら、れなが言う。
「そすうドッチボール! なぎくんが『そすう』っていうのをおしえてくれたから、ボールにさわるたびに、そすうをひとつ言うドッジボールをしたんだー!」
2年1組のなぎくんは、「数学だけ超得意」な天才少年だ。
自分で教えておきながら、数学以外はからきしダメなので、ドッジボールでも1度もボールを触れなかったのだが。
くったくなく笑うれなの横を、こそこそとさくらこが通り過ぎた。
「あ、さくらこちゃんママー。さくらこちゃんね、そすうが、よくわかんないんだって。おうちでふくしゅうしないと、またずっと『がいや』だよー!」
れなの大声に、泣き出すさくらこ。
さくらこ「なによ、れなちゃんは、どくしょかんそう文、ぜんぜんかけないのに。いつも三ぎょう作文でしかかけないのに。わたしは、5まいもかけるんだから。作文ごっこだったらよかったのに……。くすんくすん。」
泣くさくらこに、さらにれなが、追い打ちをかける。
「えー? でもこうこうや大がくのしけんに、どくしょかんそう文、出ないよ? そすうは、出るよ。だからあー。」
ママ&子どもたち「だから?」
クラスの親子が、みんな、れなを見た。
れな「きょう、うちにあそびにおいでよ! そすうなら、ちょーとくいになったから、おしえてあげる! ね? ママ、いいよね?」
ゆな「えー、わたしもれなちゃんに教えてもらいたいー。」
あお「ぼくもあそびにいきたいなー。」
そすうごっこが苦手な子たちが、みんな口々に言い出した。
この流れは、遊びにいって、れなちゃんに教えてもらうのが一番!
と感じたママたちが、一斉にスマホをいじりだす。塾や習い事のキャンセルをしているのだ。
さくらこママ「大丈夫よ、さくらこ。読書感想文も作文も生きる力よ。これからの学力なんだから。」
泣き続けるさくらこに、さくらこママが言う。その言葉に、ふだんおとなしい、なぎママがカチンと来てしまったようだ。
なぎママ「あら、文章は後からなんとでもなるわ。数学のセンスは、持って生まれたものだから。なぎは、数学が大好きで、もう高校の数Ⅲまで、独学で理解しちゃっているからあー。」
そう、繰り返すが、なぎくんは数学の超天才である。でも、ドッジボールは、下手だ。
だいごママ「そうねえ。理系が有利なのは確かよ。だいごも、く○んで、中学までの数学は終わっているのよ。時代は、理系よねえ~。」
ああ、イヤな予感がする。さっきまで、あんなにみんな、仲良くしていたのに――。
れなママ「さくらこママ、ごめんなさい。れなは遊びのひとつだと思っているなのよ。素数を覚えられたのも、たぶん、しりとりの『るぜめ』対策を応用して……。」
説明しよう。
しりとりとは、極めると高度な言語能力を養う遊びである。
れなはママと、電車に乗るときや買い物に行く道で歩くときに、よくしりとりをしていた。そのうちに、ママがれなに「るぜめ」をしたのだ。
「るぜめ」とは、しり、つまり相手に返す言葉の最後を、「る」で返す、高等技術である。「る」で始まる言葉は少ないので、「ルビー」「ルーペ」あたりがででしまうと、次に「る」で返されたとき、降参するしかなくなってしまう。
負けず嫌いのれなは、自力で身の回りから「さいごが『る』」の言葉を集め始めた。最近では、ママが「るぜめ」をすると、「ルール」と、「るぜめ返し」をするほどにまで、しりとり力が向上したのだった。
今回も、れなの負けず嫌いが発動されて、スポンジのようになぎくんから、素数を覚えていったのだろう。それは、楽しい遊びだと思っていたからだ。
気づけば、ママたちは大騒ぎになっていた。素数ガー、読書感想文ガー、理系ガーと、すでにお互い、話がかみあっていない。
すると、後ろから突然、
ガラガラガラ、ボキボキ、グッシャーン!
と、ものすごい破壊音が聞こえた。
はっと我に返る、おかあさんたち。
ふりかえると……。
そこにはぺっちゃんこにつぶれた、旧体育館の残骸があった。
れなママ「こ、これは……。」
さくらこママ「なにをどうしたら……。」
だいごママ「これほどまでに、ぺっちゃんこに……。」
なぎママ「たしかに、取り壊す予定にはなっていたけれど……。」
おそるおそる、みおが言う。
「あのね、れなちゃんが……。ドッジボールが……。」
興奮して、何を言いたいのかわからない。何が起きたのか?
れなママ「何? 何があったの?」
だいごママ「米軍ヘリでも落ちてきたのかしら?」
きゅうじママ「それは千代田区だけに、まずないわ。」
校庭は、あっというまに、阿鼻叫喚の場と化した。
さくらこママ「みんな大丈夫? けがとかした子はいない?」
ギャーギャーと、ほとんどの子が泣き出した。
目の前で起きたことが、信じられないのだろう。
ほかのママたちも、我に返って、みんなで連携して救護や連絡など、自然に行動を始める。
りこ、ゆなが、自分のママの姿を見つけて、半泣きでかけ寄ってきた。
りこ「ママー。れなちゃんがけったドッジボールが、きゅうたいいくかんまで、とんでいっちゃったのー。えーん!」
ゆな「そうしたらね、ガラガラガラって大きなおとをたてて、きゅうたいいくかんがつぶれたのー。こわかったー。えーん!」
りこママ「は?」
ゆなママ「小学2年生が蹴った、ドッジボールが?」
だいごママ「蹴って当たって、旧体育館をぺっちゃんこにした?」
なぎママが、騒ぎ出す。
「ありえない! ありえなーい! 小学2年生の女の子が蹴ったドッジボールで、あの、おんぼろとは言え旧体育館が、ぺっちゃんこに崩れ落ちるなんてーー!」
気づけば、子どもたちはみんな、泣き始めている中、れなだけが、口を真一文字にして、顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。
れなママが、れなの様子を見る。けがはしてはいないようだ。
れなママ「れな! なにがあったの?」
れな「だって、『グッとパーですきなひと!』でチームをきめたら、りくとくんがさくらこちゃんとおなじチームで、れなは、てきのチームになっちゃって……。」
ああ、今日は1組と2組が一緒にドッジボールをしていたのね、と、れなママは思った。
れな「つまんないなとおもってたら、ママたちも大げんかをはじめるし。はやくうちで、そすうごっこしたいのに。りくとくんとさくらこちゃんのチームにもまけて。ふたりでハイタッチしてるし。それで……。」
れなママ「それで?」
ママたちが全員、息をのんで、れなの言葉を待った。
れな「おもいっきりボールをけったら、きゅうたいいくかんに当たっちゃって。そうしたら、ガラガラガラ―って、つぶれちゃったの。」
その場の全員が、混乱した。
「小学2年生の女子が蹴ったボールで、取り壊しが決まっていたとは言え、ひとつの建物が瓦解?」
実は、壊れかけた建物には「瓦解ポイント」というのがある。
その建物の一番弱いところで、そこに衝撃がくわえられると、一瞬で建物が瓦解することもある。
老朽化したビルの爆破も、「瓦解ポイント」を考慮して、爆発物をセッティングしている。
壊れかけ建物のアキレス。
れなが蹴ったドッジボールは、偶然にも、旧体育館の「瓦解ポイント」に、クリーンヒットしてしまったのだ。
ちな「れなちゃん、すごうい! さすが、大ものだね! ドッジボールひとつできゅうたいいくかん、ぺっちゃんこにするなんて!」
みんなが、わっとれなの周りに集まる。
そのなかに、2組の、りくとくんもいた。
りくと「れな、やるじゃん! こんなにおもしろい女なら、およめにもらおうかなって、30パーセントくらいおもったなー(笑)」
初登場のりくとくんは、けっこうチャラい男だった。
れな「え、ほんと! やったあ! じゃママ、今日はごほうびにカレーね! りくとくんも、うちのカレーたべにきて! はいきまり!」
「ごほうび?」
その場のほぼ全員が、そう思った。
りくとくんは、くっくっくと笑っている。
テンション高く、れなママも言う。
「こんな伝説つくっちゃうなんて、やっぱり、れなは大物ねー。パパが帰ってきたら、報告しなくちゃあ!」
れな「うん! うちのカレーで、りくとくんのおよめパーセント、あと20はあげるんだからあ!」
そういって、れなたちはテクテク家に帰ってしまった。
りくとくんママも一緒だ。
りくとママ「まあ、れなちゃんちに? じゃ、みなさん、ごきげんよう~。」
ぽかーんと、取り残された、2年1組。
リンカン先生と、校長先生がやってきて、おかあさんたちに説明する。
校長先生「まあ、子どもがやったことですし、解体費用は浮きましたし、ま、結果オーライってことで! はーっはっはっはっ!」
それを聞いて、おとがめなしとわかり、2年1組の子どもたち&ママは、ほっとして帰宅した。しかし……。
ゆなママ「当のれなちゃんたちが、とっくに帰っちゃっているのよねー。」
りこママ「ま、でもよかったんじゃない? オールオッケーで。だれも困った訳ではないしね。」
その日の夜。りくとくん親子が帰った後、パパがお仕事から帰ってきた。
「今日はねー。こんなことがあったのよ。やっぱりれなは、大物ねー!」
と、ママがごきげんでパパに言う。
「また大ものでんせつ、つくっちゃったー! パパ、わたしね、大ものになったら、このことをじでんに、かくの!」
ふたりとも、超ごきげんである。
「ああ、ははは。学校も解体費用がかからなくて、よかったんじゃないか……。」
そんなことを言いながら、パパは、
「旧体育館をこわした請求がきたら、損害保険は使えるのか……?」
と、来るはずのない請求書に、ひとりドキドキしていたのだった。