ごはんと梅干し

カーボカウントと糖質制限食の異同

東京衛生病院の母体であるセブンスデー・アドベンチスト・キリスト教会が提供する健康支援ラジオ番組で「カーボカウント」を取り上げることになって、担当者から4つの質問に対する回答を依頼されました。回答しながら、あらためて「カーボカウント」と「糖質制限食」の異同について整理してみたので、以下にご紹介したいと思います。質問に回答しながら、この国に糖質制限食が台頭した文化的、歴史的背景についてあらためて考えなおす良い機会となりました。

Q1カーボカウントってどのようなことをするのですか?

一般に普及している食事管理法はカロリー制限食ですが、実は日本では「高カロリー=高血糖」というのは大きな誤解であるということが意外と知られていません。患者さんが主体的に血糖値を上げずに自分らしい食事を楽しむためにはまずこの『高カロリー神話』から自由になることが必要なのです。カーボカウントとは「食事に含まれる炭水化物摂取量で食後血糖値が決まる」ことを利用して、1食の炭水化物量を管理する食事管理法(標準的には1日の総カロリーの50〜60%、200〜300g/日程度)で、1994年以降、米国では糖尿病の標準的な食事管理法として推奨されています。

Q2カーボカウントの利点はなんですか?

利点は「実践が簡単であること」、「食事計画がとても柔軟で、外食にも対応しやすいこと」などが挙げられます。日本では長年日本糖尿病学会が発行した「食品交換表」に基づく指導が行われてきました。この方法は1単位=80kcalを基本としたカロリー制限指導で、すべての食品を6つの群に分類して、毎食カロリーだけではなく、栄養バランスにも配慮した食事を推奨しています。こうした食事管理法は「治療食」としては理想かも知れませんが、食事が持つ文化的な営みを考えると、ひどく窮屈で、食の喜びを損なう指導法でした。カーボカウントはカロリーや栄養バランスの制約がないことから、食品交換表に代わる食事管理法として期待されており、2017年にはようやく『カーボカウントの手引き』が日本糖尿病学会からも発行されました。

Q3カーボカウントの欠点はありますか?

カロリー制限食指導をしている専門家からしばしば聞かれる批判としては、カーボカウントは糖質にばかり目が行き、カロリーや栄養バランスが疎かになるので、食べ過ぎて肥満する危険があるというものです。しかしカーボカウントは1日の炭水化物摂取量と1食の炭水化物量を決め、その範囲で食事を楽しむことを奨励しますが、他の食事管理法と同じように体重や採血結果も注意深く参照します。私の個人的な経験から言えば、減量効果、血糖改善効果のどちらにおいても、カロリー制限食よりもはるかに効果的です。その理由はカーボカウントは患者さんの食事管理に対する主体性を尊重するので、患者さんの食事管理の実効性が高まるためだと考えています。食品交換表に基づくカロリー制限指導がたくさんのルールを課して、患者さんにその遵守を求める専門家中心の指導法であるとすれば、私の考えるカーボカウントは食事の炭水化物量に着目しながら、患者さんに主体的に食事を楽しんでもらうことをめざす患者中心の指導法です。皆さんはどちらが良いと思いますか?どちらも優れた食事管理法ですが、なによりも自分のライフスタイルや健康信念に合った食事管理法を選ぶことが大切だと思います。

Q4カーボカウントをする上で気をつける点などはありますか?

日本では長年「食品交換表」に基づく指導を標準的な指導法として奨励してきたため、一般的に食事指導のスタンスが「病気中心」で、生活者の視点に乏しく、とても狭量でした。こうした専門家によるカロリー制限食指導に対する不満の受け皿として登場したのが『糖質制限食』という食事管理法です。糖質制限食は専門家による食事支配から逃れて自立したいと願っていた多くの患者さんたちに受け入れられ、熱狂的に広まりました。糖質制限食は三大栄養素のうち、血糖上昇に深く関わる糖質を含む穀類、果物、菓子類などの摂取を制限する(確立された定義はありませんが、130g/日以下がもっとも広く普及しています)ものです。糖質制限食には「短期間の減量達成」「血糖改善効果」などの利点がありますが、おかずばかりの食事となるので、脂肪や塩分過多、食費がかかるなどの欠点の他、友人・知人と食事体験を共有することが難しいことから社会的孤立化を招きやすいという指摘もあります。また糖質という栄養素を“高血糖を招く悪魔的な存在”として紹介する書物やネット記事の影響を受けて、“糖質恐怖症”、“グルコーススパイク恐怖症”とも言える人たちを生み出しています。このように糖質制限食は患者さんひとり一人の希望に合わせて、最適な炭水化物摂取量を決めて、患者さんの主体的な食事管理を支援するカーボカウントとは異なります。糖質制限食は痩せすぎ体型の方や腎機能が悪い方、食のハビトゥスが脆弱な方には推奨できませんが、高度肥満者や糖質制限食が自身の健康信念に合っていて、糖尿病薬を服用したくないという方には適応があると思います。但し、万人に適した食事管理法とは言えないので注意が必要です。私は「ダイエット目的に行う糖質制限食」は気軽に始めていただいても良いと思いますが、糖尿病を患う方が糖質制限食を始めるかどうかについては自分に適した食事管理法であるかどうか、専門家と相談していただくことをお勧めします。

*ハビトゥス
ピエール・ブルデュによって提唱された概念。ウィキペディアによると「人々の日常経験において蓄積されていくが、個人にそれと自覚されない知覚・思考・行為を生み出す性向」とある。

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