【エッセイ】知らない人とお揃いの靴下を買った話
朝起きて窓辺に立って、思ったより気温は高いかなと思いつつも、ぬくぬくした上着を羽織って。
ここ数日の冷え込みを甘く見ていたせいで、風邪の数歩手前という匂いを嗅ぎつけたので、兎にも角にも、外から中から体をあたためる作戦を実行する。
朝一番のお白湯の美味しさはいまだにわからないが、熱めのお湯を口にすると、食道を通って胃に落ちるまでを実感できて興味深い。(ちょっとお湯が熱すぎた!)
そういえば、某大手衣料品店が感謝祭だか何だかで、セールをするって聞いたな。昼まで作業をして、気分転換に出掛けてみようか。
そんなふうにして、今日一日の私の予定が決まった。
午前中はひたすら言葉をこねて、黙々と文字と睨めっこをし、そこそこで切り上げて、予定していたように夕方頃お店に行ってみる。
まだ、いわゆる下校時間や仕事終わりの人がくるには早い時間なので、そこまで大きな混雑は見えない。
のんびり店内を見てまわり、気になっていたアウターやヒートテックなるものを手に取って歩く。
そういえば、冬用の靴下も一つくらいあってもいいな、買おうかな。そう思い立ったので、靴下売り場を探した。
下着売り場の近く、私の身長はるか上まで棚にずらりと並んだ靴下たち。
冬らしい模様の、暖かそうなものを見つけて、次は色に悩む。
グレーか、ネイビーか、レッドか…。
どうしようかなーと眺めていたら、ガシャンと何かがぶつかる音がする。
音のしたほうへ目を向けると、サイズ見本などがかけられているラックにぶつかっている車椅子のお姉さんがいた。
ばらばらと落ちたサイズ見本に、私は別に何も思うことなく手を伸ばして、傾いたラックを起こして見本を戻す。
ラックがちょっと重くて、きっちり元通りにはできなかったけど思わず独り言で「ま、いっか」と口にしたらお姉さんが笑ってくれたので、もうそれでよしとする。
その後、お姉さんが「ありがとうございます」と言ってくれたので、「いえいえ!」とだけ返して、私はまた靴下の色決め会議に戻る。グレーはかわいいけれど、他の二色より柄がはっきりと見えないのは惜しいな…。
そんな私の横で、車椅子のお姉さんも靴下選びを始める。
二人して靴下の棚を眺める中、私はとりあえず、ネイビーとレッドを手に取ってから一歩下がって、色の二択に悩む段階へと移行した。
お姉さんは、ずっと棚を見上げている。
棚の靴下は下のほうまでずらりと並んでいて、車椅子のお姉さんでも届く範囲にはある。
ただし、絶対に手を伸ばさないと届かないだろうなというところで、他の商品との切り替えがあるので、もしあの上の段にある靴下が欲しいのなら、彼女は少々無理をしなければならないだろうなとも、思う。
さてどうしよう。「どれか取りましょうか?」って声をかけようか、それは私にしたら何ら難しいことではない。…でもまだ悩んでるみたいだしな。急かすようなつもりもないし、別に助けを必要としている様子でもないか。
靴下越しに、彼女の挙動をこっそりと、見るともなく見てしまう。一応私が見ているメインは靴下なので、ギリセーフ。(何が?)
しばらくの後、お姉さんはぐっと手を伸ばして、上のほうにある靴下を取ろうとする。
手元も少し不自由そうで、グラグラとその手が揺れる。
でも十分届くと見えたので、そのまま見守った。困ってそうならすぐにでも助けられる距離で、私は靴下会議を続ける。一度悩み出すと、ときどき驚くくらい優柔不断になってしまうんだよなあ。
そんな私の前で、お姉さんが黒い靴下を何とか手に取る。
取れた、よかった。
そのまま取った靴下をじっとみつめて、ぎゅっと握りしめた手を見て、何となく声をかけなかったのが正解だったような気がした。
それからお姉さんの視線は、また棚に向けられる。
先ほどよりも低く、すぐに手の届く範囲に向けられた、その視線の先にあったのは、まさにいま私の手元にあるものと同じ、柄物の靴下。
お姉さんは少し考えてから、またグッと手を伸ばしてレッドの靴下を取り、そしてそのまま私に会釈をして、棚の前を去っていった。
その後ろ姿を見送ってから、私はネイビーの靴下をきちんと棚に返し、お姉さんと同じレッドの靴下を買い物カゴに入れる。
彼女がどこの誰かも知らないし、何がどうなるとも思わないけれど──、ただ私がこの靴下をはいている間は少なくとも、彼女の人生がたくさんの優しい人に守られますようにと思いながら、レジに並んだ。