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【日記】RADWIMPSを聴く夜

昨日の夜から、聴いているのは久々のRADWIMPS。
ループしている曲は「やどかり」。

お風呂に入り、ゆるりと寝支度をしようかなというくらいのタイミングで一人の教え子から連絡を受け取った。

──余談だが、私は原則0時以降は、教え子のLINEに反応しないことにしている。

それは諸々の観点より、お互いのために自分の中で決めてそうしてきた。「いつでも連絡がつく」ということは、油断をすると相手との距離感を見誤ることに直結してしまう。

いつも返事が来るのに、今このときに限って来ない…なんてことがあった場合、時によってそれが恐ろしい孤独を呼んだり、絶望に繋がったりしかねないということを、私はよく知っているつもりでいる。

そんなわけで、起きていたら目を通す努力はするけれど、基本的に返信は明るくなってからしているわけなのだけど、昨日(といってももう今日の深夜になる)は時計を見ていなかった。

何も思わず、普通の応対してしまったので、これも何かのタイミングだと考えた。
無理やり話を切り上げるようなことはしたくなくて、しばらくそのままやり取りをする。

ポツポツ続く言葉のやり取りを眺めながら、「やどかり」はBGMとして流れ続けていた。

夜眠れなくなったのはいつからだろう
あの星の居場所を知ったのはいつだったろう
子供から大人になったのはいつなんだろう
いつか僕も消えると知ったのはいつだったろう

語る想い出ができたのはいつからだろう
失せないものができたのはいつからだろう
二度と「今」は来ないと知ったのはいつからだろう
知らないことがあると知ったのはいつだったろう

そうやって手に入れた いくつもの何かを
遺して僕は消えゆくけど

RADWIMPS「やどかり」より後半抜粋

人間いくつになっても、悩みは尽きることがない。

とりあえず生きることを続けているだけで、気がついたら「大人」と分けられる年齢になっている。
仕事の悩みや将来の不安、描く夢と現実との乖離。

綺麗に光っていると眺めているだけだった星が、実は核融合反応でエネルギーを発生させているからだと知ったときの困惑。

知った方がいいこと。
知らなければいけないこと。
知ってもどうしようもないこと。

知ることで、失うものがあること。

とりあえず、ネガティブな思考の渦に繋がる煩雑な考え事は、落ち着いてお日様の下でする方がいい。

やり取りをそこそこにして、いろんなことにぐるりと思いを馳せる。


何だろうなあ、人生って。
そんな風に、突然始まる脳内哲学タイム。

思うことや浮かぶ言葉は無数にあれど、今の私は「まあいいか」に全て帰着する。

ネガティブな話では決してなくて、人に迷惑をかけるものでないなら、もう言葉そのままに「好きなものは好き」でいいし「やりたいことはやる」でいいと思うんだよなあ。

それをするためにどうしたらいいのか、何をしたらいいのか。

自分にできることは何か、得意なものは何か。
何をおいても、自分を知るところから話は始まるとも、思う。

何が好きで、何が得意で、何をしてみたくて…。

自分のことは「自分」がみてやるしかない。

高尚なものじゃなくたっていいと思うんだよなあ。
もっと単純で、いいと思うんだよなあ。

人間、何でも複雑に考えようと思えば、いくらでも掘り下げて考えて「諦める理由」のようなものを見つけ出せる。

不意に、「酸っぱい葡萄」の話を思い出しながらそう思う。

見つけた美味しそうな葡萄、食べたいけど自分には届かなくて食べられないから、「あれは酸っぱいに違いない」と負け惜しみをいうキツネの話。

「諦める理由」を食べられなかった葡萄に転嫁する。

負け惜しみもないわけじゃないだろうけど、それよりも「自分がそれ以上、葡萄に執着しなくてもいいように」という自己防衛もあったのではないかなあ。

自分にはどうせできないから。
お金がないから、経験がないから、時間がないから…。

私はそれらを、決して悪いとは思わないし、もしかしたら私の思うことは、当事者意識の欠いた綺麗事かもしれないけれど。

それでも、理由がないと、自分を宥められないくらい思うものがあるなら、もっと単純に根本を見直してもいいと思うんだよなあ。

だって、「好き」は何にも変え難い「力」なのだから。

一日、そんなことを頭の隅で考えていた。

だから せめて今は持って行こう
抱えきれないほど持っておこう
そのすべてが今のこの僕を
形作っているものだから

そのすべてが 今ここに僕が
存在したことの証だから

RADWIMPS「やどかり」よりラスト抜粋

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