【エッセイ】雨始まりの連想ゲーム
ポン、と「もうすぐあなたのいるところに、雨が降ります」という通知がスマホで光る。
少し前に入れたお天気アプリで、雨雲が近づいたら通知がくるように設定したことを思い出す。
ふと外を見てみると、少し曇っているなあくらいの空模様だったのに、真っ暗で重い雲が垂れ込めていた。
まもなく、予告通りに雨が降る。
夏の名残と騒がしかった蝉たちが、気がついたら静かになっていて、ただひたすらざあざあと雨の音だけがする。
そういや、随分と蝉の声もおとなしくなったなと思い、着実に季節のページがめくられていくことを実感する。
窓の向こうはすごい雨。
埃を被った記憶の中から、羅生門の下に「雨に降り込められた下人」、というワンフレーズが掘り出される。
こういう、日々の出来事の中に、これまでどこかで触れた言葉が不意に浮かんでくることがままある──。
不意に、数年前ひどく落ち込んでいたときのことを思いだす。
実家の自室には天窓があって、起きた瞬間にその日の天気が大体わかった。
その部屋で、先の見えない暗い時間をしばらく過ごしていた。
部屋は好きだった。
天窓ごと、私はあの部屋を愛していた。
あの頃、いろいろ何だか生きるための歯車がずれていた私は、日々その部屋から天窓を見上げて過ごした。
起き上がることも難しい日が、あった。
あの部屋に天窓があってよかったなと、いま何となく思う。
嫌でも雨が窓を打つ音が聞こえ、意図せずとも太陽の光を浴びて、月光の差し込む夜に息をした。
そんな時期が、あった。
──雨は、いろんな記憶を呼び起こす。
今となっては、全て「過去」だ。
綺麗な「思い出」になるには、まだまだ時間のかかるものだと思うけれど、それでも私はあの時間にもきっと意味はあったのだろうなと思う。
そんなふうに、ゆるりと「過去」を見つめられる今を、心底ありがたく思うし、忘れてはいけない気も、している。
しばらくぼんやり雨音に耳を傾けて、考え事をしていると、だんだん雨足が弱まってきたと気づく。
よく言うじゃない。
「止まない雨はない」
それは、ほんと、そうなのよ。
「明けない夜は、ない」
頼んでなくても、時間は流れる。
季節は移ろう。
綺麗事でも何でもない、もうただの「事実」。
あの時期に拾った、たくさんの欠片は今なお拾いきれないまま、私の背後で割れた鏡のように飛び散っている。
遠巻きに見ている分には、今やいろんな光を反射して綺麗に煌めいているように、見える。
ただ近づくと、その破片一つひとつの鋭さに尻込みをしてしまって、なかなか片付けには時間がかかるなあと、腕を組んで未だに「ふむ…」という気分になる。
そんな、感じ。
雨の中、少しばかりセンチメンタルな気分に浸りながら、深呼吸をする。
そして、そっとラジオをつけて、あたたかいカフェオレを淹れる。
遠のく雨音に、ゆるりと続いた連想ゲームを託して、私は今日も「私の言葉」を綴った。