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むき出しのわたし。癒されていく過程のひと。断れない辞められない手放せない

MINOです。
まだ見ぬだれかを癒す旅に出たくて心理学を勉強中です。

●このnoteをおすすめする人!
 ▶断れない!に鼻が利いたひと
 ▶話が飛躍していく癖のあるnoteにお付き合いいただける奇特な方




推しに弱い…否!押しに弱いわたし。


断れない


仕事を断れない
友人からの誘いを断れない

100年ほど前の、私の独身時代を振り返れば、
男性からの告白も断れない
(単に押しに弱いという意味ですね。決してモテたわけではないということは断っておきます。←そこは断るのか。)

そういえば、夫とはストレートな告白始まりじゃなかったな…(100年前を振り返る遠い目…)

私は「断れない」人でした。決して「断らない」人ではなく。悪い意味の。必ず相手に合わせるようにしていました。

「断れない人」って生気を感じないんですよね~正直。
気の毒だから、私は断れない体質の人にはなるべく頼まないようにしてるよ!


心理学でいうところの無価値感とか罪悪感が強かったのかなと振り返ります。他人軸でもありますね!

断れない 仕事編!


若いころは、仕事を断るなんて発想もなかったです。
指示→Yesは反射でした。与えられた試練は全て意味があるという意識もあったかな…ちょっと意味合いが違いますよね!

水しか作れない会社で水と油を混ぜろという指示。
素直で馬鹿そうで言いやすかったから指名がかかりました
水と油を混ぜる指示が悪いなんて思いもしなかったですね。
何でも引き受けるのは人がいいとも言えるけどヤバイ!

断れない 友人編!


20代前半まで、友人の誘いを断ったらもう二度と必要とされないのじゃないかという無価値感からくる焦燥感も強かった。
友人を誘えなかったし、友人も少なかったし、絶対に何があっても行くっていう感じじゃなかったかな~。誘って貰えてありがとう、が重くてかなり痛々しい感じのそれでした。
まず、気の合う友人っていうのが分からなかったですよね当時は。

断れない 男女のモツレ編!


相手が男性である場合は、断られるという辛い経験を相手に与える罪悪感と、こんな私を好きになってくれる人がいるんだ!有難いなあ、貴重な存在だな、無下にできないな…受け入れることが礼儀だと思っていました。自分の気持ちなんて考えたこともなかったですね。文字に起こすと、恐ろしい感覚だし失礼な人間ですよね。

こんな形で男性と付き合う若い女性がいたら止める。自分を大切にしなさいって怒る。それが相手も大切にすることだしって、女の子の体は弱いんだよ仕方ないことだけど本当なんだよ、だから大切にしなさいって怒る。今なら。
私に相談してくれたら、本気で怒ってあげるよ♪こわいよ♪


相手が断られて辛いかどうかも私個人の見解ですよね~。気の多い男性は振られることにも慣れているはずですよね。よく考えればあいつら百戦錬磨だもんな!断られるの込みでたのしんでるよねえぜったい笑

だから、私自身が人から断られることを極端に恐れてたんだと思います。私は断られる人間だという思い込みも凄かったと思います。

断らずに恋人関係になっても、終わっている関係なのに別れることが恐ろしすぎて手放せない苦しさを感じた時期もありました。だから、健全な男性には健全なお付き合いが出来ていないことがちゃんと分かるから、断れずに始まった恋愛でも、最後は必ず振られて終わるという顛末…。

わたしを置いていかないで~。
いつの間にか依存してる


勇気だしたこともありました。私の「好意」もあって始まった関係もありあした。でも、逆に自分から速攻で手放してました。それは親密感の恐れだったのかな。せっかく好きな人と付き合ったのになんて痛々しいんだ私。

まあ、でも、やっぱ運命じゃない!という私の直感は正しかったかもな。(笑)いいひとだとは思うけど、喉元過ぎればアウトオブ眼中だよね。

こんなことnoteに晒すなんて恥。
そしてこれまでご縁があったみなさんどうかお許しを。(棒読み)
お互い様やんなあ。

こういう人でも結婚できますしそれなりに幸せですよ!
っていうかめちゃくちゃ幸せですよ!
そりゃあ色々あるけど!笑 ということも晒しておきます。

夫と知り合った当時は、心理学とか知らなかったけど、腹の底から自分軸を絞り出してたな!夫もそうだったらしいけど。

そんなこんなで夫と恋愛が始まりまして
今に至ります。


反省!前置き長すぎた 本題「断れない」の考察

断れるようになると困ったこと。


今後の相手との信頼関係や友情や愛情を大切にしたいという態度は大切にして「断る」ようにし始めてから、無理なく断れるようになってきた気がします。30代半ばにやっとかな…

なんの理由もなく切られたり断られたりするのはそれなりに傷付きます。
相手にも事情があるんだろうけども。


最近は少し「断れる」ようになってくると、やりたくないことをやりたくないと思っているじぶんの声に気付くようにもなりました。

すると、却って生きにくいんですよね…。

気付いちゃった・・・


抑えていたものを蓋していたことにはそれなりに意味があったということでしょう…。

あなたはどこの監獄に収監されてますか?


今の仕事も手放したい。
正月明けに出勤すると「本年もどうぞよろしくお願いします。」っていうくだりあるじゃないですか。
私は、「何にもめでたくないですね。今年も、年間休日120日の囚人生活が始まりますね」って年始の挨拶をしたら、ひかれました。え!みんなは違うの?

本気で自分は囚人だと思えばこそタイムカードが切れる。
私は何かの罪を償っている。
と思っていました。お、恐ろしいですね…。罪状はなに?でも終身刑には間違いないっぽいって。

罪悪感の極み

現在の職業というのが、私の他人軸の生き方の真骨頂のように思えるんです。数々の学びと試練を得た職場には感謝もするけど、もうお腹いっぱいかな。

会社の女性たちが性格良すぎなところは、辞めがたいポイントではある
女同士の絆ってヤバイ!


宣伝も忘れない。セクシャルヒーラーをめざしているよ。


セクシャルヒーラーなるものを目指し、心理学を勉強しても、まだ自分のエネルギーの扱いに慣れてなくてコントロールは難しい!
手放す勇気!変わる勇気!
これこそが私の、繰り返し起こる慢性的な問題なのでしょうか…。

癒されてから癒し人になる予定だったのに、
思ったより問題だらけだけだったな( `ー´)ノ

国家にすら縛られてる 国家の戦略には乗らない宣言


これまでのわたしは、納税の義務!労働の義務!私は国民の義務を果たしている!!とりあえず、義務を果たしているから安心だ。
という無価値感と他人軸(国家軸こわい。)

女性活躍推進法とか男女雇用機会均等法とかも若干、プレッシャーだよね。
なんか、オレたちが作った軍隊に入れてやる!って感じする。
え?しませんか?
入りたくねーよ。有難いとは思うけどさあ~。
隊列乱すんだもんわたし…。

人生の選択肢が自分にあってもいいじゃない。


夫に納税してもらうときがあってもいいじゃない、家事たのしも、美味しいごはん食べたいし!と思えるようになったのは大変化です!

職場でエネルギーを抑えることにエネルギーがとられて(本末転倒)
家事する気力も起きないんだ。
noteはストレス発散なんだ。
note書いてる時間があれば家事すればいいじゃんは違うんだ!
ストレス発散が先なの。

ちょっとまだ私には、カウンセラーさんたちのお力を借りて、自分を癒していく時間が必要みたいです。
まずわたしの生命力を開く
その後に、みなさんを幸せにしていく。
わたしが大切にしたい順序。


癒し人になって誰かを救うどころか、夫へ「妻を幸せに出来ない」という無価値感と罪悪感を移譲しようとしているかも。
罪悪感ってコワい。
でも、気付くことで70%が解決しているという説に乾杯!ルネッサーンス!←若い子知ってる?


最後に私の大好きな言葉を。

私が幸せになってあなたを愛しに行きます。


ご精読ありがとうございました。
セクシャルヒーラーなれるかな?

MINO

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