現在を再考察するためのクセナキス入門 ヤニス・クセナキス 高橋悠治訳『音楽と建築』
『intoxicate』Vol.129(2017年8月)
20世紀を代表する現代音楽家ヤニス・クセナキスは1922年にルーマニア生まれのギリシャ系フランス人で、建築と数学を学び、1948年より建築家ル・コルビュジエのスタジオで構造計算を担当した。1958年、ブリュッセル万博でフィリップス館の設計に携わり、さらに《コンクレPH》を、エドガー・ヴァレーズの《ポエム・エレクトロニーク》の間奏曲として作曲している。また、ナチス・ドイツやギリシャの独裁政権への抵抗運動に加わり、自身も負傷し、一時は死刑を宣告されたこともある。
高橋悠治は、彼の作品を「安定した社会のいままでの音楽や建築が知らなかった、揺れ動く不安な社会、さまざまな文化がぶつかりあう難民や亡命者の世界が作り出した芸術のあたらしいかたちの一つ」ととらえる。そこには「生存の意味を見つけようとする」姿勢がある。
本書は1975年に刊行され、現在まで長らく絶版となっていた翻訳書の改訂版である。旧版からいくつかの章を選択し、同じく高橋が原書およびその改訂版から改訳を行なっている。また、訳者がふれているように、「クセナキス入門ともいえる独自の日本語版」として、現在の、そして未来の読者にむけてアップデートされたものでもある。つまり、これはいわゆる名著復刻というだけにおさまらない、現在の状況から要請されたものであるにちがいない。それは、追加収録された、1982年に書かれた「見るための音楽《ディアトープ》」によっても強調される。音楽や音響などの専門的な知識がなくとも、絵を描くことで音楽を作ることを可能にするシステムUPICの考案から、コンピュータサイエンスとの恊働によって音楽を「空間や光へ飛躍させる」といった未知の領域への拡張を、クセナキスが指向していたことは、現在の音楽におけるメディア・アート的な状況を示唆するものである。それは、音楽が、数学、建築、テクノロジーなどにおける同時代的な思考と構造をおなじくするという理念の探求でもある。