ずっとそばにいるよ
職場での出来事。
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まいちゃん(仮名)が静かに言いました。
「お父さん、死んだよ。」
突然でした。
それまで、クラスの子といつものように戯れていたのに二人になった瞬間…なんの脈略もなくそのことに触れたのです。
たまたま私はそこに居合わせただけ。
クラス担任でもないので会話することも毎日ではありません。
どちらかというと、控えめで慎重に行動するまいちゃんです。自分からというより、こちらから話しかけることがほとんどでした。
その日はホントに偶然でした。
少し離れたところでは、他のみんながそれぞれ降園準備に取り掛かっています。
いつもと変わらない光景。
周りの状況とまいちゃんの発した言葉が、なぜかチグハグな事に一瞬、慌てました。
まいちゃんの父親が闘病の末、他界したのはつい最近のこと。
その時の私は
あまりにも突然すぎて
どう返していいかわからず、黙って頷いただけでした。
そしたら、まいちゃんは
「お父さん、死んだよ。」
再び、私に向かって同じ言葉を繰り返したのです。
戸惑いました。
こんな時、どうすれば良いのか、
まいちゃんにどんな言葉をかけたら良いのか…正直わかりませんでした。
ただ、さっきと違うリアクションをしなければ…とその時、頭の中でそう思ったのです。
なぜ、そうしようとしたのか…上手く言えませんが、その時のまいちゃんのはっきりとした口調から、ただ頷くのだけは、ちがう…と思ったからです。
まいちゃんの言葉をまず、受け止めようと。
そして会話を繋ごうとしたのです。
『死んだ』
その言葉が、
とてもリアルに
そしてストレートに
私の耳に刺さったからかもしれません。
まいちゃんは何かを伝えようとしているのです。
きっとそう。
そんな響きでした。
力強ささえ感じました。
私に訴えるように
二度も。
その時、私の口をついて出た言葉は
「そうだったの…お父さん…お星様になったのかな。」
すると
私の言葉を消すように
「ちがう!!」
とまいちゃんは否定したのです。
「お父さんはね!いつもここにいるよ。まいのここらへんにいるんだよ。」
と、自分の後方を指しながら、身振り手振りで表現するのです。
「まいには、ちゃんと見えるんだよ。今日もここに(保育園に)来たよ。」
私は、目の前のまいちゃんをしばらく見つめ、その時感じた素直な思いを告げました。
「私には見えないけど、まいちゃんには、お父さんが見えるんだね。すごいね!」
それを聞いたまいちゃんは、大きく頷きました。
とても誇らしげな表情を浮かべて。
天国とか
お星様とか
風になるとか…
そんなふわふわした言葉は、まいちゃんには何の意味もありません。
まやかしの言葉は必要ありませんでした。
最初に私が返した言葉がいかに
空っぽなものだったか…
その場を取り繕うだけの言葉だったのか…
今もその時の気持ちを引きずっています。
親の死を経験していない私には、まいちゃんの気持ちなど、わかるはずなどありません。
理解しようと思っても出来ないのです。
闘病中だったまいちゃんの父親は自宅で最期を迎えました。病院から戻って来てから最期の時を迎えるまで…家族でとても大切な時間を過ごしたのだと思います。
まいちゃんはお父さんの最期を見届けているのです。
人の死というものがどんなものなのかを幼いながらも目の前で体験しているのです。
あの小さな身体で精一杯『死』というものを受け止めています。
辛いとか、悲しいとか、
そんなレベルでは決してないはずです。
きっと、表現することすら難しい感情が湧き上がるのだと思います。
ただ、その事実がまいちゃんにとって大きすぎるということだけは感じました。
それからも時々、まいちゃんはその事に触れるのです。
まるで、ひとりごとのように小さくつぶやきます。
きっと表に出す事で気持ちの部分が整理されていくのでしょうか。
そうせずにはいられない感情が溢れるのでしょうか。
「息が止まったら死ぬんだよ」
「お母さんがね、昨日電話で話しながらイライラしてた…」
手洗い場で一緒になり、並んで手を洗っている場面でポロッと出てきます。
日常の何気ないシーンで、ごく自然に。
家族のことまで気遣っているようです。
後からじわじわ〜っとまいちゃんの言葉が沁みてきます。
私の耳に届くように
ねぇ、ねぇ、聞いてよ!
そんな風に感じます。
きっと、お父さんは
まいちゃんの傍らでそっと見守っているのでしょう。大切な人に寄り添っているのです。
それは、まいちゃんにしかわかりません。
まいちゃんのそばに確かにいるのです。
『まいのここらへんにいるんだよ。』
園庭で遊ぶまいちゃんを見るとあの時のシーンが蘇ります。
わかっているようでわかってなかったことに気づきます。
日常の何気ないつぶやきから大切なことを教えてもらいます。
まいちゃんの通園カバンの脇には、いつも家族写真が入ったキーホルダーが揺れています。
その写真の中には、柔らかい笑みを浮かべたお母さんとちょっとすまし顔のまいちゃんの真ん中でくしゃくしゃの顔をしたお父さんがいます。
まいちゃんにしか見えないお父さんは、きっとこんな顔で笑っているのでしょう。
春には一年生。
今度は、まいちゃんの真新しいランドセルの脇でお父さんの笑顔が揺れているんだろうなぁ。
お迎えに来たお母さんにかけ寄るまいちゃんに
「また明日!」
今日もそう言える事に感謝しています。
今日も一日ありがとう。